2012-02-01から1ヶ月間の記事一覧

永遠の駄洒落

長年お世話になり、私にとってmentorでもあった人の訃報が届いた。 素晴しい仕事をし、その合間にクスっと笑える駄洒落を挟み込む、味わい深い人だった。今朝、スタジオで独りリハーサルしながら、 心はずっと、今はこの世からいなくなってしまった、その人…

さよならの日

今日は一日中薄暗いシアターに籠ってリハーサルをしていたので、ソージのジャングル探検はひとまず棚上げ。その上、あちこちから「そのソージ熱、作品制作からの逃避じゃないの」の声多し。しかし、これはどうやら逃避ではない。シアターのトイレの水盤がピ…

ソージのジャングル

キーキー、キキーと、猿の声が聞こえて来そうなジャングルの奥へと踏み込む心持ちで、冷蔵庫を開けた。 恐るべし。遂に、ソージがこんな未踏の地にまでも及んでしまった。棚を一つずつ外して洗う。驚くべきことに、ドアの裏の棚だけで、空になった調味料の瓶…

ソージの美学

昨日、宇宙論的あるいは存在論的なソージの意味を知ってしまったので、今日は磨き上げたステンレスの輝きが遠い星の瞬きにすら見える。ソージとは宇宙を磨くことであり、それが人間の使命、存在への感謝である、という滅茶苦茶な説が本当だとすると、自分の…

ソージの宇宙

無心に磨いていた時、ふと気づいた。 そうか、人間は磨くためにこの世に生まれてきたんだ。なんてね。禅の修行僧さんは修業としてソージするわけで、 あれは一体何なのだろう、と昔から不思議だった。その謎が、今日分かった。 ソージとは、感謝なのだ。風呂…

続・ソージ

これは病気かもしれない。 ソージがこんなに楽しいなんて。 やめられない、とまらない。ソージの魅力は、 たぶん、労働の結果が、はっきりとその場で見えることだ。 磨けば、光る。 捨てれば、隙間ができる。ものごとの因果関係がここまではっきりと反映され…

新たなるソージへの道

公演が迫り、作品作りをしなければいけないというのに、うっかりソージにのめり込んでしまった。 昨日は一時間。 そして、今日は、たぶん2時間以上。 台所、洗面台、戸棚、引き出し。 そして、ベランダにも手をつけてしまった。 恐るべきことは、 今回のソ…

意識の結晶

映画館で『惑星ソラリス』を観た。 意識が物質化して現れる世界って凄い。 恐ろしい。 私だったら、何が現れるんだろう。 ろくなものが現れそうにない。意識の中で、いつまでも終っていないものが現れちゃうって、何だかお能みたいだな。 タルコフスキーと能…

春の雨

起きたら、今日も雨だ。 Vの春はいつもこんな具合。 足が濡れるのは迷惑だけれど、昔ほどには嫌じゃない。 一雨ごとに春が近づく、と言い、 確かにその気配がするのが面白い。 街路樹は遠くから見るとピンクに霞んでいる。 柔らかい芽が、そっと膨らんでいる…

音のその奥に

バレンタインデーだから、何かしないとなあとか思いつつ、 夜わざわざ船に乗って、対岸のNVまで映画を観に行って来た。 噂の『アーティスト』。 この映画館は、ちょっと場末の、寂しさと怪しさを兼ね備えた館で、その割に音響なんかはしっかりしてるので、た…

ソージその後・其の弐

グリッド方式でやってみた。 要するに、部屋の図面を頭の中で想像して、 それを碁盤の目状に区分。 その端っこから、ソージするという作戦。なかなかいい感じ。 しかしこの方式の欠点は、 グリッドの中の片付け=グリッドの外への物の移動 になってしまうと…

ソージその後

一日一時間のソージを毎日続けることなど私にはどうもできそうにないが、その前に、どうしてこんなに脳味噌が分断されてるんだろう。落ち着いてソージすらできやしない。そうか、まず、頭の中のソージが必要なんだな。と気がついた。でも、身の回りが片付か…

なにを撒く?

今日はやたらに天気がよくて、気温も上がり、やっぱり節分だからかなあ 暦ってすごいなあ、などと思う。子供の頃、節分に撒いてたもの。 落花生。大豆も撒いてたような気がするが、確か落花生も混じってた。 キャンディー。 これ、考えてみると変だけど、拾…

別人との出会い

10年前くらいに書いたメモが大量に出てきた。読んでみると、難しすぎて頭痛発生。ほぼ意味不明な部分も多くて、本当に自分が書いたのか、一体どういう精神状態で書いたのか、謎は深まる。哲学的、というより、妄想。 時々、なかなかいいことが書いてあって、…

春ソージ

一日に必ず一時間はソージをするという友人に触発されて、一足早い春ソージにとりかかる。ここ数日で、かなりの分量を捨て、かなりの範囲を整頓した。 それでもまだ続く、ものの山・汚れの平野。気がつけば、昔どうしても捨てられなかったようなものを、ふと…