また旅に出ます

Nにおける10月20日、つまりVにおける10月19日のこと。
もしくはNにおける10月19日、すなわちVにおける10月18日のこと。
どっちのことを書いたらいいのか、迷う。

10月20日に、成田空港の75番ゲートで待っていたら、どこからともなく、天使の歌声が聞こえて来て、それが『翼をください』であるのに気づくのに3分。その歌の主が、飛行機の半分くらいは占めそうな修学旅行の女学生の一団の中の数人であることに気づく頃には、歌は『ジュピター』に変わっていた。大声で歌うというのではなくて、ハミングするような感じの合唱。遠く薄くハモっているこの歌声は、旅立ちにはちょっとセンチメンタルすぎるんだけれど、その合間に女学生の笑い声やら話し声やらが挟まっていて、未知の場所へと旅立つ彼女らのぽうっとした熱気がくすぐったくて、こちらもなんだかぽわんとする。

女学生たちは、制服を着て、髪の毛はみんな黒くて、短くして分けたり、長いのを二つに分けて結んだりしている。耳に穴があいたり、目が絵具で極端に大きく描かれていたりする者は一人としていなくて、口元も生まれたままの美しいピンク色である。こんな瑞々しい女学生なんてものが、未だにこの世に存在していたのだなあ、と妙に感動しながら、そのわくわくとした一団をやたらに眺めてしまった。

10月19日には、Nの夜が随分と冷えて来て、虫の声ももう聞こえないような時節になって、旅立ちというのは、大袈裟なのも、そうでないのも、やっぱりいつもちょっと寂しいような感じで、離れたくないような、ずっとぐずぐずしていたいような気持ちになったりしていた。家人に言わせると、私は今や「まれびと」なんだそうだ。時々やってきて、やいやいやって、また去って行く。要するに、我が家では私は「寅さん」と化したのである。自分で選んだ道とはいえ、男はつらいよ、女もね、という感じもある。さすらいは、カッコいいけど、いちいち泣ける。家の者も、こんな与太者のまれびとの襲撃に、ほんとはかなり迷惑してるんじゃないだろうか。でも、いつも歓迎してくれて、それもまた切なく泣けるのだ。

☆ 振り向くな野菊バス停母の河