忘年茶、そして幻のイタリアン・ラーメン

雨がパラパラと降る中を、茶店一軒目へと足早に。今年も押し迫って、酒気を帯びての忘年会ならぬ忘年茶で友人と一年を振返るという、今日はそんな日なのだ。V市メイン通りにある洒落たカフェでW女と落ち合う。W女も私も、ここ数年、不本意にも冬眠へと陥り、世界と自分との間にいつの間にか築かれてしまった透明な壁の前でボーゼンと立ち尽くし、そいつにぶつかっては跳ね返され、そのうちぶつかる気力さえも吸い取られて膝を抱えて宇宙の隅っこに座ってしばらく拗ねてみたり、いやいやそれでも、こうして漫然としていては、お天道様に申し訳が立たないと、また、えんやこらと立ち上がり、えいやとぶつかってみるのだけれど、やっぱり壁を突き抜けることはできなくて、雨の日の泥道にペタリとしゃがみ込む心地して、でもそんな時に、自分もボロボロでドロドロベチャベチャ食うや食わずであるというのに、大切なひとカケラのパンの半分を、いや全部さえ分けてくれようとする人がそこに居て、それが私にとってのW女、W女にとっての私なのであった。

トモダチにもいろいろな種類があると思うけど、楽しい時に出会って、ずっと楽しいままの人もいれば、お互いどうにも八方塞がりの時に出会って、「ファイトォ」「イッパツゥ」などとかけ声を掛け合い、上り坂下り坂心臓破りの坂などを伴走しながら仲良くなったような人もいる。一方がぶっ倒れそうな時や、「もうダメ」などと弱音を吐く瞬間や、日がどんどん暮れて怖くて冷たい夜の闇が降りて来たときに、一人がもう一人に「ガンバ!」と声掛ける。世の中の人は他に誰もいないような孤独の谷で、一緒に見つけた湧き水を飲んだような日もあった。そうか、この話は『星の王子様』でもあったのか。

そして、今年もまた暮れて行く。ルイボス・ラテなどというものを啜り、大きな窓ガラスの外の歩道に繋がれているむくむくのクマちゃん風の茶色の犬に触りたいなあなどと頭の一部で考えながら、この一年をトモダチと一緒に振返る。三歩進んで二歩下がる。正にそんな一年だったけど、いつの間にか世界と自分との間の壁は少しだけ薄くなったようでもあり、「人生に取り残されているって、いつも焦っちゃうけど、でも、本当はもう既に、こうやって生きてる毎日が人生なんだって、このごろやっと気づいた」とW女は笑った。W女から貰ったクリスマスプレゼントの中身は、フェルトでできた小さなヒツジだった。このヒツジもまた、遥か遠くから旅してVにやってきたらしい。ヒツジはとっても柔らかくて、なんでも見通してしまいそうな、まっすぐで混じり気のない・・としたちっちゃな目で、こっちを見つめている。感涙。このヒツジを握りつぶしたり、ぎゅうっと挟みつけたりなんて絶対にできない。そっと、そっと丁寧に触れる。

さて、ヒツジを懐に、次に向ったのはおなじみのJカフェ。ここでもう一人のVトモダチと忘年茶。一年前くらいに妄想だったことが、一歩踏み出したことによって、本当の出来事になって、いろいろな面白い方向に広がっているという話を聞いて嬉しくなる。一歩踏み出すと、何かが始まる。あの時に、いやヒマだね、いや景気が悪いね、いや煮詰まったねなどといいながらもガハガハと豪快に笑い、実はこんなことやってみようと思って、あ、それいいんじゃないですか、やっちゃえやっちゃえー、などと軽口を叩きながら、でも本当にそうなるといいな、いや、きっとそうなるんじゃないか、という予感があった。それから一年。振返れば去年とはまた違う場所に立っている。あの時には夢想でしかなかった場所が、あら不思議、現実の顔ですぐそこに座っている。Vというのは、いろんな意味で刺激も娯楽も少ないところだけれど、こうやってトモダチとお茶を啜りながら夢想に耽る時間がたっぷりあるところが素敵だ。さて、来年はどうしようか。などと、更なる種まきに話が弾んで、夕暮れ時に散会。

夜、ダウンタウンにラーメンを食べに行く。毎年12月18日にはラーメンを食べに行くことになっている。ラーメンがとっても好きだったある人物を偲んで食べるのだ。ラーメンやではオリンピック期間限定の「ボルケーノ・ラーメン」なる新メニューが登場していた。どうしてボルケーノ=火山なんだかは知らないけど、(別に辛くはないし)これが驚愕のイタリアン・ラーメンなのである。トマトベースのブイヤベース風のスープの中に浮かぶラーメンに魚介類が山盛り。バジルの葉っぱとトマトソースのコントラストが眩しいぜ。そして、ハーブ御飯を別注文すれば、ラーメンを食べた後のスープに御飯を入れてリゾットまで楽しめるという、スバラしさ。炭水化物が多いなんてことは気にせずに、最後の一滴までお米に染み込ませたいスープのコク。麺は確かにラーメンなのだけれど、だんだんパスタに見えて来るのが笑える。これと、讃岐釜玉うどん(カルボナーラ風)を並べて食べてみたい。イタリア人と一緒に食べてみたい。隣りに座っていたオジさんは「昨日もボルケーノ食べた。旨いよ」とか言っていた。確かに旨いの。癖になりそう。