ワサビが走る!

普通、ワサビは走るものではない。私はこれまでにワサビで泣いたことはあってもワサビが走ったのを一度も見たことがない。日本中探してもワサビが走った所を見た人はかなり少ないのではなかろうか。日本国の歴史をずずずっと遡っても、たぶん一度だってワサビが走ったことはなかったんじゃないだろうか。しかし。本日私は大変なことを発見してしまったのだ。

V市ではワサビが走るのだ。ワサビがだよ、あのグリーンのペーストがだよ!

さて。嘗て私はA国W州M市において人生初めてのプロ野球観戦をした。チームは「Mブリュワーズ」。日本語に訳したら「醸造人組」ってとこか。何か名前を聞いただけで冷えた生ジョッキを連想させる旨そうなチームだ。名前を連呼するだけで酔っぱらいそうになりながら、「ブリュワーズの試合を観に行くの〜」と浮かれていたら、「ソーセージを見逃すな」と皆が口々に言うので私はすっかり困惑してしまった。野球とソーセージ。確かにビールのツマミにソーセージはグーだ。でも何で野球を観に行ってわざわざソーセージに注目しなきゃいけないんだ? どうにも腑に落ちないので「ソーセージって何?」と聞いても、皆むふむふ笑いながら「行けばわかるよ」と繰り返すばかり。

そして迎えた6回裏。この攻撃が終わった後に、突然ソーセージが数本現われて走り出したのだ。私は「あひゃー」とかいう変な声を出して歓喜のあまり気絶しそうになった。これがブリュワーズ名物「ソーセージ・レース」であった。出場ソーセージは現在ブラットブルスト、ホットドッグ、イタリアン・ソーセージ、ポーリッシュ・ソーセージ、チョリソーの五本。こいつらが、走るんだ、転ぶんだ、デッドヒートするんだ。いや、度肝抜かれた、いや、笑った、いや、参った。ソーセージはM市の名産品で、しかもソーセージ会社がスポンサーになってるらしいので納得なのだが、このソーセージの種類とこの街の移民の顔ぶれを比べると「なるほど」と奥が深い。ドイツ系イタリア系ポーランド系が多い街M。ちなみにチョリソーは最近加わった新顔。ここからもヒスパニック系移民の増加が見て取れる。深いなぁ〜、深いっ! ソーセージの着ぐるみって、もうそのまんまで笑える。しかも足が短くてチコチコ走るの。胴体が長いんでコケやすいの。チコチココケッ。たまんない、ははっ。

さて。肝心の試合の方はあんまり覚えていないのだが、このように走る(コケる)ソーセージの姿は私の心の深いところに刻み込まれ、夢に出て来る程の素晴しい思い出になった。誰がソーセージを走らせようなんて思いついたんだろう。こんなの他にないよな...

と思ったのは大間違いであった。ここV市の野球チーム「カナディアンズ」の試合では、なんと「スシ・レース」が行われるんだそうである。やっぱりスシだったかV市! 実際にこの目で見たわけではないのだが、この奇怪な徒競走を目にした人から「あまりにツボで死ぬかと思った...」という報告を受けたのである。選手はMs.BC RollとMr.Kappa Maki、そして問題のワサビキャラ「Chef Wasabi(シェフ・ワサビ)」の3人。どうやらChef Wasabiは悪役キャラらしく、カナディアンズのHPの自己紹介欄には「オイラはKappa MakiとMs.BC Rollを朝食に食っちまうんだぜ!」とか書いてある。BCロールというのはV市特有の巻き寿司で、焼いたサーモンとサーモンの皮が入っている名物アイテム。どうやらレースは常にMs.BC RollかKappa Makiが勝つ事になっているらしい。大抵のレースではシェフ・ワサビが最初ブッチギリなのだが、イイ気になってるうちにロールらに追い越されたり、ゴール寸前で忍者(ニンジャだよ、忍者!!)が出て来てワサビが斬られ(?)て、その隙にBCロールとカッパ巻きがゴールイン! などというとってもステキなシナリオになっている模様。ああ、走るスシ、本物が見たい。野球にはそれ程興味がないんだけど、スシだけを観についつい出掛けてしまいそうだ。

さてさて。ソーセージやスシが走るというのはこのようにまだ理解できる。しかし、ワサビが走るというのはいかがなものであろうか。それに、「スシ・レース」と言っておいて走るのは「巻き」ばかり、握りは一体どこいったの? という声も聞こえて来そうだ。しかも、ワサビがなぜ「単独で」走るのか。この謎の現象にV市の寿司環境の全てが表現されている。やはり、V市の寿司の中心は徹底的に「巻き」なのである。そして、「大将、サビ抜きでね!」などと言わずとも、ほとんど全ての寿司がサビ抜きで供され、そして寿司の横にガリと並んでこんもりと山盛りのワサビがついているのがV恒例の寿司風景なのだ。巻きにチョイとワサビを乗せて or 醤油にワサビを溶いちゃって漬けて食べるのがV流。巻き文化がワサビ別盛り文化を生んだというのが私の分析。このため握りでもサビはほとんど入ってるか入ってないかという感じで、醤油にワサビをどどっと溶いてその中に握りを浸しちゃう方式で食べてる人が多いような気がする。

ヒマがあったらぜひChef Wasabiの蛍光ワサビグリーン&謎のこんもり頭(そして、強引に巻いた鉢巻きがこのワサビがChef=寿司屋の大将であることを暗示)を画像で確認してみて頂きたい。彼のよくわからん形と邪悪な微笑み、そして彼が寿司たちに比べていかにデカいかを知れば、V市における寿司の実像を理解していただけるであろう。V市のワサビの山は巨大なのだ。こんなにたくさん、一体誰が必要なんだろうと思うくらいの惜しげもないワサビの山。だめだ、これから先、ワサビを見る度にChef Wasabiの邪悪な笑顔を思い出してしまいそうだ... 。