脱構築されたスシ、あるいは緑茶によるピリオド

今日晴天。3日振りの晴天なので、なんだかウキウキしている。本日最初の目的地はV市日本領事館。パスポート更新の申請が目的。パスポートも今持ってるので3代目なので、4代目(待てよ...もしかすると5代目かも...)へと突入ということになる。日本を離れてもうすぐ13年。パスポートに全くハンコがない時代から、まるでスタンプラリーのようにやたらいろんな国のハンコを集めまくってた時代を経て、最近は割と同じ国のハンコが繰り返し登場している。F犬街でパスポートを更新した時には、四角い証明写真をそのまま貼付け、その上を封印つきシールでカバーしてあるような形態のものを渡され(日本で発行したパスポートよりも、なんかちょっと偽造っぽく見える手作り風のパスポートだったんだよね。今はもうそんなことないんだろうけど)、そのパスポートのせいでロンドンの空港で捕縛されそうになったことなんかもあった。スパイかなんかと間違えられたのかな。(『007』と言いたいところだが『オースティン・パワーズ』ってとこか)「職業はなんだ?」とか「何しにここに来た?」とか質問攻めに遭ったのだが、職業が「アーティスト」ってのも、それ自体十分怪しかったなあ。「誰が、お前の仕事のスケジュールを決めてるんだ」とかいう変な質問もされたんだけど「そんなもん、自分で決めるに決まってるだろ」とか答えたような気がする。あの頃は、かなりアーティスト風を吹かせていたので(気分だけね)、今思うと、くわばらくわばらという感じ。捕まらなくてよかったー。それにしても、あのパスポートはウソ臭かった。今となっては、いい思い出だけどね。

今日はなんと午後から実際に時給が払われる仕事が待っている。前にも書いたけど、自分の時給を査定してから初めて、奇特な人が私にその時給で仕事を依頼してくれたのだ。感謝感激。抜かりがあってはならぬ、まずは腹ごしらえをして、決戦に備えねば...と、犬も歩けば当たるというV市の数あるテイクアウト系寿司やの一つに飛び込んだ。

○○寿司(○○の部分に北日本のとある市の名前が入っている)という名前からして、もしかしたらオーナーは日本人かも、と膨らむ期待。レジのおばちゃんも、寿司職人のおじさんも、とりあえずアジア系である。うーん、いい感じ。これはもしかして当たりかも...とかなり盛り上がりながら「寿司コンボの6番お願いします」と言うと、おばさんが「え?」という顔をした。あわてて「コンボシックス、プリーズ」とか英語で言うと、はいはいっという感じでオーダーが通った。う、これは、違うかも...

...という私の不安は大当たりであった。出で来る寿司がデカい。シャリもでかければ、魚もでかい。韓国系の方が経営しているお寿司やさんであった。でも、お味噌汁はなかなか美味しかったし、これはこれで、何か別のフードと思って食べれば良いのだろうな、きっと。そう思って食べると、別に不味いわけでもない。でもやっぱり、築地のシブい店でつい最近中トロを食べて嬉し泣きした私にとって、こういった異国における寿司体験が頭と心、そして体を混乱させるものであることも正直に認めねばなるまい。異国寿司の特徴としては 1)シャリが大きいことが多い。時にはちいさいおむすびくらいのこともある 2) ネタが大きい、あるいは厚いこと多し 3)寿司は基本的にサビ抜きで出て来る。ワサビは刺身と同じシステムで、お寿司の横にてんこもりになって出て来る 4) お茶が出るとは限らない。

これを、寿司と呼んでいいのだろうか。それとも、鮮魚むすび、とでも呼んだ方がいいのだろうか。所変われば寿司変わる。とはいえ、寿司のスピリットというものが、海を超えているうちに何か別のものに変容するらしいことが不思議でならない。大雑把に言えば、確かに、寿司なんだけどね。でも、スシってやっぱり職人さんの心意気、ネタの良さ、絶妙のシャリ加減とか、そういう洗練がすべてみたいなところがあると思うんだけどなあ。しかし異国では、そのあたりの重要な細部はスパっと切り落とされていて、外国語に翻訳できた分だけの大まかな寿司のイメージとか、概念的に捉えた寿司という記号を食べてるような気持ちにさせる寿司にしばしば出会うのである。むしろ、形ではなく心の方をキープして、ここで最高に美味しい食材を使って、日本にはないようなネオ寿司でも作ってくれた方が嬉しいんだけどなあ。てなわけで、V市名物の一つであるBCロール=鮭の皮部分のグリルが入っている巻き寿司などは、そういうネオ鮨ムーブメントの一つとして私は実は高く評価しています。

さて、なんてことをごちゃごちゃ考えながら、寿司のイメージを全て平らげ、でもなんかものたりないなあ、と思いながらカフェへ移動。そうか、緑茶が出なかったもんな。ということで、カフェで緑茶を飲んだ。脱構築されたスシ体験、とでも呼ぶべきか。うーん、やっぱり緑茶がお腹に入って、ようやく「スシ食った〜」という感じになった。ホッ。

その後、いよいよ仕事人と化して、依頼の仕事に取りかかった。なかなか楽しい仕事であった。仕事人であるからして、いかなる仕事であるかなどはここでは語らないが(...なんて勿体ぶるとかなり怪しく聞こえますが、ぜーんぜん怪しい仕事ではありませんので、念のため。街の中を楽しく歩き回ってV市における産業を調べるような簡単なお仕事でした)、久々に世の中に直接役立つかも知れない仕事を誰かと一緒にやったのが、やたら嬉しかった。いつも個人作業が多いもんなあ。ぼちぼちまた、他の人間と一緒に作業するような仕事もやりたいなあ、と思うようになってきたこのごろ。リハビリとしても、大変に有り難い本日の発注であった。感謝。