淡く軽く白い幸福

豆腐を食べに行った。鴬谷・笹の雪。
子規も食べたというその店の豆腐は、豆富と書く。
箸でつかめるかどうかギリギリの軽さ。確かにこれは雪だ。
箸を長年使っている人じゃないと、たぶんつかめない代物。
それを全神経を集中してつかむと、そこに遠い記憶が蘇って来る。
お母さんの、そのお母さんの、そのまたお母さんの、夕餉の匂い。
ガラガラっと横に開く扉を守っているおじさんの佇まいも素晴しい。
ほわほわの、うっかりすると壊れてしまう幸せをそっとつまんで、もちあげる。それは舌の上で溶けて、温かさとなって宇宙に広がっていく。

鴬谷って、なんだかすごい。別世界。
神社はレストランだか飲み屋だかの上に乗っかっていて、
吸引力抜群の、小さな居酒屋・バー・などなどの入口がたくさん並んでいる。何度も温もりと香りのよい酒のありそうな灯りや翳りに吸い込まれそうになりながら、通り抜ければラブホ街。宇宙人の眼で見れば、ラブホもなんとなく珍しく、いとおしい。

なんともなしに、懐かしいような、名残惜しいような心になるのは、
そうだ、明日にはもうこの場所から飛び立たなければならないからなのだな。いつものことではあるけれど、離陸の前夜は、いつもよりロマンチストだ。