題名が浮かんだり浮かばなかったり

一日中、新しい作品の題名を考えていた。作品の題名って、パっとつくこともあるし、なかなかいいのが思いつかない時もある。今回は、一瞬でパっとつかなくて、ここ数日ぐじぐじ思い悩んでいる。

絵画の題名なんかなら、作品ができちゃった後で考えるとか、あるいは「無題 #3」とかいうのもあり得るのだけれど、お客を寄せて上演するタイプの作品は、作品が出来上がる前に宣伝をしておかなければいけないので、結構悩む。どうにでもできるような曖昧かつ守備範囲の広い題名をつけておくという手もあるんだけど、なんとなくそういうのは吸引力が低いような気もする。

でも、あまりにも具体的かつセンセーショナルなのをつけちゃうと、もしかして最終的に別のところに着地しちゃった場合に、観客の期待と作品のズレが気になってくる。

なんだか選挙の公約みたいだな。どのくらいまで、約束しておくのか。

逆から考えると、題名をつけた途端に、その題名が生み出すイメージの方向に作品が引っ張られて行くということもある。パイプの絵を描いて「これはパイプではない」と題名をつけるマグリット方式で、題名とのテンションを楽しむという手法もあるけれど、これまたかなりの確信犯でない限り、うまくいかない。

今、頭に浮かんでいる方向性をいっそ衒いなくシンプルに表現してもいいのだけれど、題名が作品の種明かしになりすぎるのも困る。見ている途中で「あ、ほらほら、でてきた、でてきた」というのよりも、見ている間は予想をひっくり返されてお口がぽかんと開きつつ頭にいくつものハテナをくっつけて、でも脳の中をツクツクやられてなんだか気持ち良くなって、やははとかいう変てこな懐かしい楽しい笑いが脳から零れて、そして見終わった後にもう一度題名を見て「あー、そういうことだったのかー、ハハハ」なんていう風にしたいのだ。

自分の子供? にいい名前をつけてあげたいという、変な親心? もある。

なんつって、まだ悩んでるの。あと一日だけ悩もう。

蚯蚓一匹あと千匹は土の中