猫のおかげで美女になりそこなった話

親戚の娘さんがフルーティストとなり、コンサートに出演するというので駆けつける。
コンサートなんて久しぶりだったので、
最初のピアノの人がショパンがパパーンと弾き始めて
音が空気の色を変えた瞬間にもう、
涙が出そうになった。

特にピアノに弱いのだ。
子供の頃から、ピアノは身体に刷り込まれているので。
幾重にも幾重にも刻み込まれた記憶の時間があって、
それが一斉に再生されて、
からだはものすごいスピードであのいくつもの時を飛び
そして、ぽかんと浮かぶ。
音楽という時間、
前も後ろも
過去も未来もない
絶対的な場所に
浮かぶのだ。

フルートも懐かしい素敵な音がした。
昔、フルーティストはみな美女だというので、
フルートを吹けば美女になれると、
勘違いして習いに行ったけど、
先生はやはりものすごい美女だったのだし、
その柔らかい桜色の唇は見ているだけで
なんだか恥ずかしいくらいに奇麗だったけど、
ふわふわのセーターに包まれた腰の線も
何か甘い旋律のようだったけれど、
私が音階を吹くたびに
先生の猫が前足を器用に曲げて
悶えながら両耳を塞ぐので
それで嫌になって辞めてしまった

先生が吹く時には、猫のやつ
涼しそうな顔で部屋を横切ったのだよ。
リズムにすら乗って。

そんな遠い時間が耳から入って裏側のボタンを押して
鍵がかかっていたはずの部屋に入って
いつまでもぐるぐる回っていて
なんだか透明な気持ちになって
それでまた
スンとひとつ鼻を啜った。