あの娘の髪は刈り上げでした

ももの節句だあーっ、と叫びながら起きたピヨコには、今日は行く当てがあった。
大阪観光、と言えばの、通天閣
ええっ、ホントに行くのー。ベタだねえ、ベタだベタだ。
でも、その昔、まだその娘の髪が短かった頃、娘は通天閣の下、「新世界」の闇に吸い込まれそうなことがあったのだ。アートだ、アーティストだのに憧れて、何故かしら友人と悪巧みしているうちに新世界を撮影しようという話になり、その頃は新世界という場所がいかなる場所かも知らずにフラフラと出掛けたのだったけれど、酔っぱらいのおっちゃんらには絡まれるし、一緒にいた友達は酔っぱらいつつ他の酔っぱらいのおっちゃんと消えちゃうし、などというわけのわからない展開となり、帰る家の方向もよくわからんし、初めてであったような大きな都会の闇は、その深さも底知れず恐ろしくて、すがる思いで親切らしいもう一人の酔っぱらいのおっちゃんに連れて行かれたのが通天閣の真下にある小さな飲み屋。家族でやってる子供が宿題なんか端っこでやってるそのお店で「若い娘が、こんなとこで何してんの、早く帰んなさい」とおばちゃんに叱られ、それでようやく黒々とした闇に呑み込まれずに済んだのだった。おばちゃんは(といっても、今思うと、結構若い奥さんだったような気もする)電話帳で娘の帰る先を探してくれて、地下鉄までの道を教えてくれた。

などという、昔話を知っているので、ピヨコはもう一度その通天閣のそびえ立つ新世界なる場所を見てみたかったのだ。あの娘の原点がそこにあるような気がして。

登ってみれば何のことはない。えっ、これで終わり? と言いたくなるような小さなタワーだ。ピヨコはでも、巨大な感慨を胸に、ピリケンさんの足をこちょこちょしながら何事かを誓っているようであった。新世界の中に入ってみたかったけれど、今日は上から見るだけにした。なんだかあの髪の短い娘が迷い込んだ頃よりも、随分と小奇麗になっているようでもある。それでもやっぱりすこし左右に揺れながらやってくるあのシルエットは、間違いなく立ち飲みやで昼間からいい気分になっているおっちゃんらの闊歩する姿であるようだ。

ピヨコはカシャと一枚の写真を取った。通天閣にくっきりと青空。この日をいつかまた、遠い先から思い出すのだろう。