養老の瀧の神様の一包み

晴れ。今日も大阪のぶらぶら歩きをしたいところだったのだが、計画変更。朝からものすごい勢いで地下鉄電車新幹線を乗り継いで、とんでもない遠くまで行ってみた。岐阜県の養老というところ。ここには荒川修作+マドリン・ギンズによる『養老天命反転地』という、変てこなアート公園があるのだ。

ぴゅー。風が強い。やっと現地に辿り着いたのだけれど、入口がなかなか分からない。駐車場の門番のおじいさんに「入口はどこですか?」と聞くと「はぁ〜、入られるかね〜?」とやたらに珍しそうな(嬉しそうな)顔された。ぴゅー。なんとなく「ぴゅー」という言葉が似合う寂し気な場所である。たぶん作られた当初は色とりどりのペイントも鮮やかだったのだろうけれど、早春ということもあり、(雪も降るのかな、この辺り)建造物という建造物の色も姿も、かなり大胆に褪せている。事務所で切符を買うと、メインの建物に改築中で入れないので、割引だって。「運動靴、ヘルメット貸し出します」とか書いてあって、ええっ、そんな場所なのか?!とドキドキしながらも、ロングブーツのまま入場。左手にパンフレット、右手にカメラという姿なので、このまま転ぶとかなり危険。そう、この公園は予想外に手強いのである。

キャー、ワーワー。どこからともなく聞こえて来る、誰かの声。平日の花曇りの午後に、天命を反転すべくこの公園に来ている人は男子数名のグループ一つと、カップルさん二組、そして私。男子グループは、やたら楽しそうな声をそこら中で響かせている。公園はすり鉢型になっているので、声がやたらに響くのだけれど、姿は見えず。桃源郷もかくやらん。

とにかく、平らなところが一つもない、と謳っている公園なので、ホっと一息つく間もない。よそ見などしていると落下転落などしそうな角度の山坂がいきなり次々と出現するので、必死に登ったり降りたりしているうちに、半時間くらいがすぐに経った。そんなに広くもないのだけれど、入ってしばらくは、やたら頭が混乱して、自分がどこにいるのかよく分からないまま、フラフラと彷徨。ようやく息が上がった辺りで、あ、そうだ、なんかパンフレットもらったよな、と思って見返すと、ここでは目を閉じて進めだとか、ここでは後ろ向きに歩けだとか、アーティストによる様々な「使用法」が書かれていて、そこまでぜんぜんそんなのには従っていなかったので、なんだか申し訳なくなり、アート食えば皿まで、という諺もある通り、最初から丁寧に「使用法」に従いつつ再び反転地を巡ったのであった。

目をつぶって...なんてのは、かなり危ない。落下擦り傷骨折などの危険もある。天命を反転させて不老不死を得るのも、なかなか大変なのだ。何しろ、風が強いので、カップルさんはパンフレットを上空に吹き飛ばされ、自分達も吹き飛ばされそうになりながら、それでもなんだか楽しそうに岩山にへばりついていた。私は、さすがにここで落下の憂き目に遭いたくないので、ちょっとズルして半目を開けたりしながら天命の反転を試み、なんとか1/3くらいは反転させたのではないだろうか。2時間半くらいも、やたらしつこく天命反転地を巡っていたのは、私一人だけだったみたいだしね。

残念ながら、この反転地、ばーちゃんじーちゃんにはおすすめできない。傾斜が大きすぎる。一番天命を反転させたい人におすすめできないアートというのはちょっと辛いし、「使用法」なるものにより天命の反転が促進したかどうかも定かではない。でも、2時間半の格闘の末、普段使っていないらしい筋肉が目を覚まし、ずっとスクワットを繰り返していたような心地よい?筋肉痛が残ったことは確かである。

私がヨレヨレになりながら、しかし天命をほぼ反転して、外へ出ると、さっきの男子集団はアート公園の隣りの普通の公園で、鬼ごっこなどに無邪気に興じていた。

さて、日も暮れはじめ。フと見れば「養老の滝→」の看板。行ってみたいなあ、あの有名な養老の瀧なのか? しかし、私飲まないしなあ、などと余計なことを考えつつ、道端に座っていたおばあさんに道を尋ねると、そんなに遠くもないけれど、「山の夕暮れは早いでな」と親切な一言。暗くなるのでやめとけ、ということである。「じゃ、またこの次に」と言ったものの、この次にこの場所に来るのはいつのことやら。果たしてそんな日がくるのやら。などとちょっと心残りに山を下って行くと、「養老の瀧 XX神社」などと書かれた文字が目に飛び込んだ。とても小さいお社がそこにあって、おじさんが庭木の手入れをしていた。これも何かのご縁、と5円玉などをお賽銭箱に入れてお祈りして帰ろうとすると、おじさんに呼び止められ「今日は、お参りして下さったから」と、小さな包みに入ったお供物を頂いた。

おお。このお供物の欠片を口に入れるやいなや、不老長寿、ということかしら。
なんて、不思議な気分になりながら、夕靄がかかる養老のお山を後にしたのでした。

というわけで、天命が反転致しましたので、今日からは日一日と若返ります。えへん。