街道の茶店

曇り空の中を、早朝から出掛ける。家から南に行く道はだらだらとした上り坂になっていて、思えば何度、雨や曇りの朝、このだらだら坂を登ったことだっただろうなんて、今日は少しセンチメンタルになったりしながらゆく。一つの街に住むと、最初はどこもかしこもが新しくて、何の思い出もそこにないのだけれど、Vにももうかれこれ6年半も住んでしまったので、街角のあちこちに個人的な記憶のカケラが落っこちている。この角は何度曲がったかしら。この店は閉店する前に一度行ったっけ。ここで昔ちょっと悲しかった。ここは最初に飲茶したお店だ。などと、通過する度にいちいち思い出が解凍されてむわりと広がるのもちょっと困りものなのだけれど、マーキングした角角を通過する時の犬もこんな感じなのかな、なんて思いながら、Vとの付き合いも随分長くなったもんなあと、ちょっと遠い目をしてみたりする。

今日は、一つのものが終わって、新しい何かが始まろうとしている、そんな境目の日だった。

用事を済ませての帰り道、やはりついつい、行きつけのJカフェに吸い込まれてしまった。一つが終わり、次が始まる時には、やっぱり一杯の熱いお茶が必要だものね。人生を旅に例えてみるとすると、そこにはやっぱり茶店(ちゃみせ)が欠かせない。歩いて歩いて疲れたら、茶店で一杯の茶を頂く。過去から現在を過ぎて未来への旅を続ける時にも、やっぱり一杯のお茶が必要だ。ちょっと立ち止まる場所。肩の力を抜いてほっと一息つく場所。カフェだの茶店だのというものは軽く見られがちだけれども、茶店がなかったら人生の旅はほとんど不可能ですらある。

なんて大袈裟なことを考える暇もなく、今日はどれにしようかな、と思った目の先に「hojicha」の文字が。これだ。今日はラクダに揺られて行く旅人の気分じゃなくて、草蛙と振り分け荷物+三度笠で行く感じなのだ。どうやら先日の宴会芸の世界からまだ抜け出せていないらしい。遠く遠く遥か(海の彼方)のMt. Fujiなどに思いを馳せながら、グっと香ばしい和の茶を飲み干して、「思えば遠くに来たもんだ〜」なんて歌いたい気分。そして、ほうじ茶と来れば、やはりこの場合のベストマッチはアンパン。熱い茶を啜りながらアンパンを口に運べば、険しかった山も冷たかった川も、もはや懐かしい思い出の結晶でしかない。ほう、っと息を一つ吐いて、さあ、明日に向ってまた旅を続けよう。

このJカフェはオーナーさん夫妻がナイスであるだけでなく、店員さんたちもとっても素敵。他のお客さんのいない時に、ちょっとお喋りしていたら、店員さんの一人Aちゃんと私の間に共通点があることが発覚。それは!... we are 「鉄子」なのだ。 JR九州の列車のスバラシさなどを語り合い、「サンライズ瀬戸」は乗った方がいいとか、蒸気機関車が走ってる路線の話題だとか、九州で一番美味しい駅弁情報だとか、アメリカのAmtrakの寝台車は結構面白いだとか、Vまで来ても盛り上がってしまう鉄子談義。それにしてもJR九州って無敵だ。一度九州に3週間くらい滞在して、ただただ電車に乗りまくってみたい。

これだけでも血圧がかなり上昇して勢いづいていたのだけれど、もう一人の店員さんMちゃんと話して驚愕の事実が判明。な、なんと。彼女は私と同じN市の出身だったのだ。きゃぁー。VでN人に会ったのは初めて。なんだかそれだけで、ものすごい確率の宝くじに当ったみたいに興奮してしまった。またまたこのカフェに入り浸ってしまいそうだ。

こうして茶を振る舞われ、喋って笑って、人の情けに包まれて。さて、又旅の旅烏。明日に向ってぼちぼち歩き出すとしましょうか。