きっと鼻の頭のせいだ

またまたまた今日も晴れ。こんな冬もちょっと珍しい。晴れの代わりに、ものすごく寒い。夜は特に冷え込む。マイナス5度くらいになってるらしい。今日も陽気にうかれて一日外回りのおつかい。散歩を兼ねて。Vイギリス海岸付近に行くと、空の色も海の色も澄み切って下半分の赤い貨物船が遠くにいくつも浮かんでいる。絶景。風が冷たいのでのんびり海辺をお散歩というわけにいかないのが残念なのだけれど。骨に沁みる寒さってこんな感じか。なんて、ぷるぷるしながら体のあちこちの温度を点検したりしているうちに、どうやらいつも鼻の頭の骨が冷たいことに気づいた。寒さに晒されると一番最初に冷え始めるのが鼻の頭の骨で、室内に入ってホっと一息する時に一番最後に温まるのが鼻の頭の骨らしい。

なんとなく、鼻の頭だけが独立してる、そんな気がして思わず鼻先をつまむ。指の温度より、鼻の頭の温度の方がいつもずっと低い。それにしても鼻の頭って、ヘンな言葉だな。やっぱり鼻は独立宣言を出してるんだと思う。ホットチョコレートが飲みたいなあ、とか、温泉に行きたいなあ、ぬくぬくベッドにもぐっていたいなあ、なんていう時はたぶん鼻の頭の出す指令の方が、別の頭の出す指令よりも強いので、それで私はフラフラと茶店に入って行ったり、おんせんおんせんと踊り回ったり、シーツの襞の中の中へともぐってぬくぬくしたりなどという行動をつい取ってしまうんだな。そうだ、鼻の頭のせいなんだ。納得。

巷でオリンピックだオリンピックだと騒がしいので、どうやら鼻の頭が反応したらしくて、ついこんな映画をV図書館で借りて見た。

東京オリンピック [DVD]

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おー。淡々といろんな競技風景が映し出されて行くだけなので、そのうち飽きるかなと思ったのだけれど、とんでもなかった。スポーツを見ているというよりは、スポーツという一つのことにものすごく集中した人間の姿が見える。ものすごく集中している(肉体も、精神も)人間はものすごく崇高で美しい。競技だから最後には勝ち負けの世界になるのだけれど、その一瞬一瞬、一秒一秒、一秒の10分の一、100分の一を拡大して見ると、そこにあるのは純度の高い精神の一滴。勝ちも負けもそこにはなくて、ただただ胸がきゅうと締め付けられる、透明な空間だけが広がっている。その中で人間は走り、呼吸し、目をつぶり、空中に浮かび、じっと祈っている。そのような状態の人間を目撃すると、胸がきゅうとしてカンドーするのは何故なんだろう。自分の中にも、透き通った人間の一滴がたぶんどこかに隠れているから?

競歩が映った時には、ひょっとしたら父がいるんじゃないかとやたら目を凝らした。あの歩き方は! あのシルエットは!  それは父ではなかったのだろうけれど、あのクネクネと腰を捻り腕を大袈裟に振っていく感じ、筋肉の筋ひとつひとつが見えるような痩せた足は、懐かしい面影であったよ。走ればよいものを。貴方は何故そこまでして歩くのか。答えはたぶん、あの輝く一滴の中にあるのだろうな。その秘密は、たぶん鼻の頭辺りが知っていることだろう。やっぱり今も冷えている小さな頭にちょこっと聞いてみようっと。