雨の映画館マチネ編

雨、雨、雨。そして、今年もV市の水道の濁り確定。今朝のニュースで、本日中にますます濁りが増える可能性があるので、水が比較的きれいなうちに溜めておくようにという指示があったとか。何週間も前から、もう十分に濁っているってことを知っているので、水は溜めずに、いつもはラボに置いてあるミネラルウォーターの巨大タンクを部屋に運び上げた。これでようやく安心して煮炊きできる。んー。

朝からサッサとラボで仕事する。ってのは、今日は午後から遊びなのだ。友人W女と一緒に、マチネ映画と洒落込もうという企画。と言えばなかなか有閑な雰囲気が出るけれど、実際なぜこんなことができるかというと、私は自分のボスが自分であるという極楽蜻蛉的世界(あるいはお給料ではなくて霞ばっかりが溜まるという世界)に生きているし、彼女は現在求職中なのである。こんなところで映画など暢気に見てる場合じゃない追いつめられた二人でもあるのだが、人生のどんな局面でも、映画を友達と観に行くというのは楽しい。

平日のマチネ映画には、結構不思議な人たちが集まっている。マチネはもともと割引なのだけれど、一番早い時間のマチネだと更に割り引きで7ドル75セント。この75セントってとこが泣かせるぜ。ちなみに普通のマチネは8ドル75セント。この1ドルの差は大きい。(でしょ?)同じ列の真ん中辺りには、一人で陣取って、足を前の手すりに豪快に乗せて、映画が始まる前から見る気満々のおっさん。このおっさんも、昼間の映画館などに出没しているからには、普通の勤め人ではあるまい。観客の総勢15人弱。頭髪に白の混じった方がちらほら。

私はこっそり持ち込んだバブルティーなるものを、さっきから巨大ストローで吸い上げている。ココナツミルク味、タピオカ&パールが一杯底に溜まっている。この「パール」というのは、普通のタピオカを巨大にしたようなもので、歯応えがやたらモチモチっとしたゼリーのようなもの。これが入っている液体を直径2センチくらいはありそうなストローでパールごと吸い込んで飲むのだ。う、にゅる、ちゅるるっと口に流れ込むパール。ものすごい噛み応え。この不可思議な舌触り。Vではこの飲物をよく見かけるんだけど、もしかして美肌効果でもあるのかな。よく乙女らが群がっている。

W女はさかんに「なんか、guilty感じちゃうのよ〜」と繰り返す。お給料を貰っていない身分で$を使い、昼間っから映画など観るのが後ろめたいというわけだ。確かにそれは辛いし焦るし不安だし苦しいし。その感じ、私も知ってる。立っていても座っていても、食べていても眺めていても、地面が沈んでゆくみたいなのだ、刻々と。そして空気はなぜか苦く、電灯はどこでも薄暗く、隣りのテーブルでやたらと楽しそうにおしゃべりしているOLさんとこちらの光の弱いテーブルとの間に幅跳びくらいでは飛び越えられない溝があるみたいな気がするの、世界が今日はやたらと遠いの、なぜか。とW女は溜息をつく。

でも、考えてみると、こんな風にちょっと憂鬱を引きずりながら、これからどうするかねえ、などと濃霧の向うの未来に鼻先をクンクン向けて、ちょっとめげて、くしゃみして、平日のマチネをガラガラの映画館で観る時間が人生の中で全然与えられていない人だっているのだもの。その時間が与えられていることに感謝して味わえばいいよね。なんて、そうポジティブに解釈することに決定。ようやくW女がちょっと笑う。

本日の映画はデンマークロネ・シェルフィグ監督の『An Education』。ドグマ95の監督らしいけど、この作品はドグマ95映画じゃなかった。なかなかきれいにできてるけど、ちょっと結末が。ああ、こう来て、そこに落としちゃうのか。とちょっとがっかり。でも、映画はお決まりのハッピーエンドのように見えて、そこで終わっていないのかもしれない。そう思って外に出ると、まだ雨。映画そのものよりも、雨のマチネの匂いの方をずっと覚えていることになりそうだけれど。

An Education

An Education