刈り取るものと立ち上がるもの

うちからラボのある建物までは、まず玄関を出て、すぐ右側にある非常口のドアをぐあらんと開けて、ててててと階段を下る。エレベーターのところまで行くと遠回りになるのでそうするのだけれど、非常口のドアがやたら重いので体重をえいっとかけないと開かないし、降りて行く階段の壁のどこまでも剥き出しなことよ。蛍光灯の瞬きも淋しく、青白く、段々のところには躓かないようにと心遣いの黄色いペンキの線。そこにまた、滑らないようにとの心遣いの巨大フォークでつけたような溝が3本入っているのだが、そうした心遣いも表玄関エントランスの華美なる装飾、素敵でしょ、ナイスでしょ、エレガントでしょ、お洒落でしょ、とこれでもかと畳み掛けるインテリアとは比べものにならず。非常事態の時には、このタダオ・アンドー風打ちっぱなしの寒壁の空間を、打ち寄せる黄色い線の波を三段抜かしにぶっ飛び抜かしつつあわあわと駆け下りるのであろうか、と、そんな絵柄を何度も思い浮かべつつ、非常事態というのは、非日常であるから、そんなところには、やっぱり剥き出しの迫力がある。

そういえば、このビルのエレベーターホール、すなわちグランド・エントランスには、なぜかしら往年のミュージシャンのポスターが掲げられており。確か左からジョン・コルトレーンフランク・シナトラマイルス・デイヴィスじゃなかったかな。毎日ちらりとは見ているはずなのに、はっきりと覚えていないというこの人間の知覚の覚束なさよ。シナトラは「なんで、このメンツでシナトラ?」と思ったので、よく覚えているのだが。脇侍の二人が素敵なジャズマンであることは間違いない。

さて、そうした舞台表の玄関ではなくて、非常階段の剥き出しの通路をドブネズミの如く駆け下りてラボに向う道すがら。階段を降り切ったところを真っすぐ進み、突き当たりを直角に左に曲がるとコンクリートの狭い通路が随分長く続いていて、この辺りでいつもコンクリートの狭い通路は未来都市の地下要塞風でもあるな、エスエフ、とSとFの気分を味わいながら突き当たりの重いドアを開けるといきなり外。ここで必ず、ドアについた警報装置が「ピー」と無機質な音をたてる。SでもFでもいいが、この音は陳腐。

ここがラボの裏手の路地。ドアを背にして右へ。そして6メートル先を左へ。ラボのある建物は不思議な三角形をしているので、この角はやたらに鋭角に食い込んでいる。そこをきゅきゅっと曲がって12メートル進むと左手にドアがあり、そこを開けて、手作り風のベニヤ板でできたどたんどたんいう階段を登って右に折れ、左手のドアを開けると、そこがラボ。

と、位置関係が分かったところで、問題は「12メートル進んだ」ところと「左手のドア」を結んだ直線の角のところにある薔薇のことなのだ。

そう、そこに一本の薔薇の枝がある。誰のものでもない、歩道と建物の間くらいのところになぜか居所を決めたバラだったんだ。

前は何本も枝を伸ばした立派な薔薇の木だったのだけれど、夏のある日に、電動草刈り機の轟音と共に知らないおじさんがやってきて、はいはいここからここまでのこの四角の中ですね、と契約で決められた範囲内の、地面から突出している全ての植物を地面ぎりぎりのところまで刈り取って帰って行った。残ったのは切り取られた草の流した液体の蒸れた匂いだけ。世界というのはそういう場所なのだ。時給10ドルのお金をもらったおじさんに見えるのは、世界のどこにもない白い紙の上に書かれた四角い図形だけで、その抽象的な四角の中に満遍なく轟音を通過させることだけが彼の仕事なのであって、雑草であろうが薔薇であろうが蟻んこであろうが黄金虫であろうが、そんなものはまったくおじさんの目には見えていない。見逃したんじゃない。見えないの。もう全く存在しないの。どうして。と目がまだある人や子供などは不思議に思うのだけれど、唸っても困ってもこういうことなので、世界には存在していながら存在しないものがそこら中に溢れていることになり、私はまたそうしたものばかりが見えるので、あれあれあれ? とどう堪えてみても不思議に思う。

おじさんは、そういうわけで、咲きかけの薔薇も情け容赦なく刈り取って行った。ふんふんふんなんて、鼻歌を歌いながらね。今日の夕食は肉かな、魚かな、なんて空想しながらね。

切り口を見た時は、こっちの口もまた切り口になったよ。ざっくり、何かが切り落とされた空白がぽっかり開いていたよ。

でも、それからしばらくして、鋭利な切り口を晒していた薔薇の株から、一本の芽が出て、そいつは小さな莟までつけたんだ。
私はそれから、非常階段を駆け下りた後の世界で、この薔薇に挨拶するのが日課になった。莟は、ちょっとづつ、ちょっとづつ大きくなって、世界は刈り取られたところから少しずつまた丸いふくらみになっていった。

ああ、それが。ある日。おじさんが再びやって来たのやら、あるいは別の抽象的な四角、△、丸、足形などを以て世界をスキャンする人類の一派が通過したのやら、薔薇はまた刈り取られ、折り取られ、踏みしだかれて、地面に平行に横たわっていた。

今度は口が一本の線になった。私はこの横たわった薔薇の映像が漏れ出してなくならないように、ぎゅっと結んで奥にしまったんだ。

でもきっと、薔薇はまた枝を伸ばすだろう。
それでまた、目の四角い何も見えない人たちがやってきて、ふんふんふんららららららと踏みしだくだろう。

私は薔薇を護る。どんな世界の果てでも、時間が水道から流れ出て、地面にどんどん吸い込まれて消えて地球がびしょびしょになる日にも。
今度ふんふんふふんがやってきたら、ウルトラマンチョップだ。