鼻から秋

朝しとしと雨が降っていて、ああ、また今日も雨か...と溜息をついていたら、雲が見る見るうちにしゅるるっと消えて、青空。日に照らされて輪郭の銀色が強調された雲の端切れがまだ残っている辺りで、虹が出た。今月二回目の虹。消臭剤によって消える悪臭の如きこの雲のなりゆき。なんなんでしょう。空はどうやって「あ、今日は雨にしよ」とか「あ、飽きたので、晴らす」とか決めてるんだろか。どっちにせよ、晴れで終わる気まぐれは歓迎。空気がずっと上の上の方まで澄んで、光が薄く透明。思わずスキップ。

この日を逃しては、と、久々にV市秘密の花園へと出掛ける。年間会員になったものの、ここのところ雨天曇天続きで、しばらくご無沙汰していた植物園。などと言っているうちに、樹々はもうすっかり色づき、ここんとこの雨で木に残っている葉っぱよりも三回転半着地成功した葉っぱの方がどんどんと多くなり。来週まで待っていたら、樹々はすーすーのすっからかんで、すっかり冬の面立ちになってしまう、というわけで、本日、他の全てを後回しにしても、なにがなんでも木の元に参上。朝方の雨で、地面はぐっちょ湿っているけれど、風には冬の気候団の冷たい輩が数名既に混じっているけれど、色楽し、音楽し、匂い楽し、秋の植物園。

ざややざややささささざやや
という風に奏でられた樹々の通奏低音も捨て難いし、一本の樹の下に、無造作に、でも不思議な規則性を持って一面に散り積もっている葉っぱたちの赤と黄色の配分も見事と言う他はないし、また池には花なき蓮の葉の連続模様、そこに紅葉した大樹が流れ込む瀧の如くしなだれている様や、あっちの方にふぁずふぁずっとあれは薄の類いか。懐かしい日本薄の隣りに、何やらもっとボリュームのある狐の尾のようなつやつやとしたもの天を指し、空に向う線香花火の大群のようなのもあり、このやわらかく霞んで、どうにも触れてみたくなる感じ。こんな絵がフランスの美術館などにたまにあるよな、という、そんなゴージャスな視界。でも。やっぱり。

一番深いところに沁みて来るのは、秋の匂い。枯れ葉が雨の助けを借りて、少しずつ朽ちて行く時に放つ甘い吐息。
懐かしい。匂いは記憶の中の風景を、目では見えない映像としてチカチカと奥の方で再生する。あの時の秋。誰の中にもある、あの秋。過去の現在の未来の秋。私がその場所に居なかった秋。どこか遠くの、昔の秋。諦めと再生。地面へと、内側へと、戻る感じ。チカチカチカチカ。ああ。

と、匂いには、嘆息で答えるしかない。
でも、次に口から出た言葉は、詩でも俳句でもなく
ホットチョコレート飲みたい」
だったので、自分でも驚いた。
胃袋健全生命健康。そう、秋が目から耳から鼻から存在の洞に入り込んで、その奥にある金の竪琴をかき鳴らす時、その音は「ホットチョコレートホットチョコレート」と響くのである。人間万歳。