グッド・ラック!

朝から書き物。頭の中をぐるぐると回りながら、言葉をいろいろと外側に引き出してみる。引き出してみると、ロクなことを考えていないということも分かり、無限にも思える想像力というのが、意外と羽ばたかないものであることが分かり、ちょっと落胆しつつもちょっと安心する。無限の宇宙を遊泳するのは結構勇気がいるからだ。

でもしかし、夢の中での想像力の方が覚醒時の想像力よりも遥かに羽ばたくというのは、少し不満だったりもする。私が私だと思っているこの「意識」のコントロールがオフになっている時の方が、脳からこちらを驚かせるようなイメージが生まれて来るというのでは、なんだか「私」の度量の狭さが際立つではないか。「私」が浮世のありとあらゆる制約、決まり事、常識良識、よくあるパターン、ありがちな展開、クリシェと仲良しであることは、常々感じてイヤんなっちゃうし、「私」はとっても不自由で、通俗的なところに落ち着くのが好きだということも知っている/。それをでも、「あー、凡庸」「つまんね」「退屈」などと批判する別の私がそこにいて。と、いつもこの二者(それとももっとたくさんの別の視点?)がおしくらまんじゅうをやってるばっかりで、なんだか全然羽ばたかないのである。何か爆発的な意識の飛躍、などというものを体験してみたいのだが、そういう時期ではないのか、そもそも最初からそんな瞬間は訪れないのか、燃料不足で結局打ち上がれないロケットが出しそうな溜息がつい零れる。

停滞、と名付けてもよい、この感じ。景気と連動? と思うこともある。

夕刻、秋の夜長のDVD。本日の映画はファスビンダーの『マリア・ブラウンの結婚』。演劇の脚本家でもあっただけあって、舞台の上のお芝居を見ているような感覚を少し覚える。でも悪い意味ではなくて。音の使い方もなかなか良い。主役のマリア・ブラウンを演じるハンナ・シグラの存在感が凄い。ファスビンダー自身も闇市場の男というちょい役で登場。戦場から戻らない夫を待つマリアが夜の女として働くためのドレスを手に入れる場面なのだけれど、この時、男がマリアと闇取り引きをした後で「good luck!(ドイツ語で...)」と彼女に言う。美しきハンナ・シグラがインタビューの中で、この瞬間のことをものすごく鮮明に覚えていると語ってうるうるしてた。長年一緒に仕事をしてきた、普段はあんまり何も言わない監督が演技の仮面を借りて伝えた、看板女優への密かな(魂から魂への)メッセージだったらしいよ。

結末があまりにも、あまりにもドラマチック。これ、舞台だったら、どう演出するかしら、などとパズルしながら勝手に楽しんでみた。

マリア・ブラウンの結婚 [DVD]

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