大愚/ドリーマシン

画材屋に行って、アクリル板など買う。私が買うのは、20メートル×20メートルの大きさのアクリル板(そんなのあるか知らないが)ではなく30センチ×30センチくらいのアクリル板。ちっこいせせこましいいじましい。フとその辺りを見ると3メートル×3メートルくらいの大きさのキャンバスが一杯売られていて、衝動的に買ってみたくなった。本当は20メートル×20メートルくらいのキャンバスが欲しいけれど、置く場所がない。3メートルくらいのでも3センチとか3ミリとかいう単位に慣れてしまった目には結構デカく見えるしね。で、これを衝動買いしてどうするのかと言うと、何かこうものすごくデカい筆のようなもので(正月に襷がけで書き初めに使うヤツのようなイメージ)キャンバスを連打もしくはキャンバスに頭突きキャンバスとおしくらまんじゅうなどを思いっきりやる。という夢想が突き上げて来た。9月が終わろうとしているからだろうか。なんだか内側に溜まったわけのわからんエネルギーが膨れ上がり押し込めても押し込めても外に出たがっていて困るのだ。

随分昔に「インターメディア・インプロビゼーション」などと称して、プラハのアート学生らと素敵なワークショップをやったことがあったが、床と壁全部を白い紙で覆い尽くし、アクションペインティングのようなことをやったりしたのだが、これがやたら楽しかった。大筆、スポンジ、竹箒。エネルギーの伝達にはもってこいの道具がぞろりと揃えられている。チェコ人の親友O女は「これも使えるかと思ってさ。」と金髪のカツラなども準備してくれていた。さすがクレージー娘O! もちろん彼女はそのカツラを被り、毛筋をどっぷりとバケツの中の絵墨に浸し、「だあぁーっ」なんていう声を上げながら壁に突進してゆき、そこに人間の魂の形をしっかりとスタンプしたのであった。

Vでもやってみようかしら、インタメインプロ。私は時々ものすごく馬鹿馬鹿しい(=ものすごく真面目かつ素晴しい)ことをやらないと呼吸が苦しくなってくる。F犬街やプラハなどでは、私がやたらなくても十分に感動的に世界をひっくり返してくれるような馬鹿(=アート)を日々見せてくれる人がたくさんいて、胸がすーっとする毎日であったのだが、Vではどうもそのようなstupid enoughなものに出会うことが少ない。お行儀が良すぎる、大人しすぎる、ナイスすぎる。a little stupid じゃダメなんだ。徹底的に突き抜けて阿呆。お口があんぐりと開いて三日くらい閉まらないような壮大な無駄(=偉大なアート力)、頭がするりと剥けて新しい世界の皮と接触してひりひりするような恐るべき脱皮芸。突き抜けて向こう側からアカンベをするような、壮大な愚と最近出会っていないのだ。

さて、どうするか。自分でstupid enoughを創出するか。それとも、平和で安らかに眠っているVは揺り起こすことなく、そのままそっとしておいてあげた方がいいのだろうか。さて。はて。

テレビのドキュメンタリーでカナダ/イギリス人アーティストBrion Gysinの話をやっていた。なんでもウィリアム・バロウズと仲良しでいつもつるんでいた男らしい。日本の書道に影響を受けたカリグラフィーの作品(なんとなく耳なし芳一風の意味不明の文字/図柄の反復重なり風)を作ったり、何種類もの新聞を四角く切って適当に並べて繋げあわせて文章(cut-ups)を世界で初めて作ったり、いろんなことをやった非常に面白&アブなそうな(=stupid enough)アーティストなのだが、このアーティストの作ったものの中で特に有名なのが「Dreamachine」というキネティックアートで、要するにこれは夢を見る装置なのである。いや、驚いた。こんなものを作った人がいたとはね。SFの中にだけ出て来るようなものを、何十年も前に作っていたとはね。しかも、この装置、結構「効く」らしいのだ。金属製の筒に図形デザインの穴が開いていて、中には電球がはいっており、スイッチを入れるとこの筒がぐるぐる回転する。鑑賞者は顔を筒に近づけて、目を閉じる。瞑った目の前を通過するのは光と影の繰り返し。この光と影の反復のストロボ効果が脳波を刺激して、そこにないはずのいろんなパターンや風景が見えるんだそうである。

この男ならアカンベするな、と確信して、なんだか胸がスっとした。