歌が零れ出た

朝から凄い雨。今日はベランダの植物連に天から水。ベランダ部分は屋根がついているので、普通に上から下へ降る雨では彼らの土が湿ることはない。ってことは今日はむしろ↓というよりは→という向きで雨が吹き付けている。そのうち、玄関のドアにバラバラバラと何かがやたら当るので、いやそれにしても凄い雨だなと思っていたら、雨ではなくて氷の粒でした。霰。あられ。ミックスサラダは霰の洗礼を受け、いよいよどうなるのやら。9月29日で霰って、Nでもちょっと早い。恐るべしVの秋、Vの冬。ああ、足先が冷える。炬燵が恋しい。

と、外を見るだけで心の芯のところまで寒く沈んで行くようだったのだけれど、午後になったらすっきりと晴れた。昨日9月の傾斜を反省したところなので、今日は朝から殊勝に机に向っている。地球の遠い裏側から、いくつかの知らせ届く。あち、こちと。仕事に悩む人あり、恋に悩む人あり。何千キロも離れたところで、あの人もあの人も、あの人も今日一日を過ごしている。なだらかな日あり、急な坂を上る日下る日あり。その姿を思い浮かべる。上る日も下る日も平らを行く日も、私はあの人たちが好きだ。

ヨガ教室でぎゅうぎゅうに絞られて(ヨガの先生L女史は、にこにこ笑いながら私を絞り上げるのが好きらしい)帰る道すがら。雨上がりの空には半分だけ銀色の冷たげな雲が浮かび、空気がやたらに澄んでいる。ヨガパンツを履いたままで外を歩いていると、踝の辺りが風に当ってさぶいな。などと息を切らして歩いているその時、口からポロリと「ピーリカ、ピリカ」という一節が零れ出た。ピーリカ、ピリカ。この呪文が浮かぶとほぼ同時に、一人の女性の顔が浮かんだ。顔というよりはある若々しさ。可愛らしさ。笑顔。清潔さといった印象。そう、その人は私が7歳くらいの時に出会った北海道のバスガイドさんなのだった。

観光バスの中で、その若いバスガイドさんは『ピリカの歌』というのを教えてくれた。丁寧な、初々しい調子で、言い含めるようにガイドさんは私たち子供に向って「ぴーりか、ぴりか。はい。後について繰り返してくださいね」などと言いながら、歌を口移しで教えてくれたのだ。たぶん彼女が私が最初に出会ったバスガイドさんであり、たった一人だけ覚えているバスガイドさんでもある。これまでの長い長い年月でピーリカピリカを思い出したことはたぶん3度くらいあったのだが、ここ十数年は全くどこか奥の方に埋没していたというのに、その歌は今でも忘れられることなく体の奥底に保存されていて、それが全く理由も原因もないある日のある瞬間にポロリと零れ出たことがなんとも不思議である。なぜその歌が銀色の空の下で発動したのか。そういえば、そのバスガイドさんに住所を聞いて、手紙を書いて送ったことがあるような、そんな気もしてきた。

「ピーリカ、ピリカ」とVの寒空の下で懐かしいメロディーを鼻歌で歌いながら、あのお姉さんはもうお姉さんという年齢じゃないんだよな、とフと思って時空がちょっと捩れた。お姉さんは今でも北海道のどこかで日々を暮らしており、ひょっとしたら今でもバスガイドさんをやっているかもしれないけれど、私の中ではガイドさんはおばさんやおばあさんになったりしない。一期一会ということなのだろうか。あの人は22歳くらいのままで、いつまでも私の心の中でピリカの歌を歌うのだ。名前も覚えていないし、もう二度と会うこともない人。その人が私の心の中に残した歌が、やたらにいとおしかった。

NHKの番組で白洲正子曰く。本当に書きたいことは書かないって。読者が勝手に想像すればいいって。そこんとこを書いちゃうと、読者は読む気がなくなるんだって。面白いな。本当に書きたいことは書かない、本当に言いたい事は言わないって。