クッションの上の旅

どうもなんだか飽きて来た。なんだかこう、気分がパっとしないのだ。映画を見たり、本を読んだり、散歩をしたり、いろいろやってみても、やっぱりこうどこかが気怠い。ちょっと遠出をしてみようか、何か新鮮なことでもやってみようか、と思う日曜日なのだが、V市及びV市近隣の地図は大体ざざざっと頭に入っており、それをいくらスキャンしてみても、脳の倦怠をリニューアルできるような場所や娯楽はどうにも思いつかない。天気はいいのだが、なんとなく街全体がグレーに見えるような、そんな休日。

夕方、行き先も決めずに家を出た。この時間から行ける場所で、脳味噌がカランカラン笑うような新鮮さを提供してくれるところがあるとはどうしても思えない。公園、ショッピング、映画、水辺。もしこれが70年代のNであったら、「たいくつらっけんさぁ、ボウリングにでも行かね?」というような発言が出るくらい、徹底的に退屈している休日の夕方なのだ。Vにボウリング場があるという話は聞いたことないし。カーリング場ならあるけど、寒いし、大勢じゃないとできないし。

このまま退屈を腹の底まで呑み込んで、ソファの上でじっと月曜日が来るのを待つこともできるけれど、その場合、次第次第にこの「倦怠」が「ストレス」へと変換されていくので危ない。遊べや遊べ。人間は、適当に遊んでいないと、頭の先、耳の頭あたりからじわじわと腐敗の始まる生き物なのだ。刺激、新鮮さ、リフレッシュ、遊び。人呼んで気分転換。こうした一見どーでもよさそうな無駄なことをちょこちょこやっていないと、遊び物質の貯金がどんどん減って、枯渇して行く。

うーん。どうしたものか。娯楽刺激変化の少ないVで、この遊び物質のレベルを保つのは至難の業。お江戸なんか、上陸した瞬間に「びゅんっ」という音と共に、遊び物質の体内レベルが閾値を超えちゃうくらい遊び度が高い。それでも、やっぱり長く住んでいると飽きるんだろうな。そして、こんな風に退屈が青い霧になって襲って来るような夕暮れが訪れたりもするのだろうな。

あ、そうだ。と、前から一度行ってみたかったレストランがあることに気づいた。看板に馬に乗った男達が描かれているアフガニスタン料理店。前にも一度チャレンジしたんだけど、満席で入れなかったお店。これだ。これが本日のイベント。「椅子席それとも、クッション?」の質問に、もちろん「クッション」と答え、絨毯の敷き詰められた床の上のクッションに座り、背もたれのフカフカクッション群に体を埋める。中は薄暗くて、キャンドルの灯が揺れている。おお、この摩訶不思議な雰囲気。背の低いテーブル。床にだらりと座る快感。アフガニスタンの人というのは、こんな姿勢で食事をするのだろうか? この部屋って、もしかして「テント」とかを再現してるんだろうか? 壁には、でかい狸くらいの大きさの獣の皮と猟銃(マタギ風)が飾られ、その他アフガニスタンの風景らしき写真がたくさん飾られている。先が反り返った剣も飾ってある。エスニックな音楽が流れ、メニューすらよく見えないような薄暗がりの中に座っているだけで、脳の中に「小旅行」が開始された。おお、これぞトリップ。こんなところに隠れていたか、新鮮な刺激。隣りの席では、女性3人が、巨大な一つの器の中に異様に長いストロー3本を突っ込み、何やらしきりに飲んでいる。酒かな。豪快。あんな長いストロー見たことない。しかも相飲み。

いよいよこちらにもすごい皿が運ばれて来る。まずはひよこ豆のディップHummusとナスのディップ(ババ・カヌーシュ)に新鮮なフェタサラダ。中身の入っていない巨大焼きまんじゅうみたいなナンと一緒に頂く。口に入れた瞬間に、心地よい刺激が全身を駆け巡る。ああ、この味。このスパイス。それだけで軽くトリップ。続いて、巨大な皿に盛られたシシケバブ。基本的には肉と米。羊肉が旨い。鶏肉もこんがりと香ばしい。調理した茄子や米入りロールキャベツ、ジャガイモの練り物のフライ? なんかも添えてあり、これが全てものすんごく美味しい。そして仕上げはフェルニという、カルダモンのたっぷり入ったミルクプディング。すばらしい旅であった。さっきまで欠伸を繰り返していた脳の野郎も、今は目をピカピカさせて、キョロキョロと好奇心たっぷりの視線を世界に向けている。

それにしても、昨今戦争の話でしか話題にならないアフガニスタン。食の旅から眺めてみると、そこにはまた全く別の景色が広がっていた。皆が「美味しい!」と笑顔で言える、ただそれだけの、シンプルな、平凡な平和な日々が訪れることを願って止まない。Vなんかで世界に飽きて、ダレダレにダレてる場合じゃないなと反省。水平線の地平線の向こう側では、今日も誰かが必死で生きて、生そのものを祝福しているのだから。

夜、DVDでフラメンコ映画『Blood Wedding』を観る。ガルシーア・ロルカの原作をアントニオ・ガデスの振付けで舞台化したもののダンス映画(カルロス・サウラ監督)。アントニオ・ガデスが踊っているところを見たのは初めて。カッコいいとはこういうことか。と溜息が出た。最後のナイフでの決闘シーンがスローモーション&無音で演出されているのだが、この部分は特に必見。一瞬の情念の迸りを時間の肌理に入り込んで引き延ばして見ているような、神の目にも近いような感覚を体験させてくれる。時間芸術ならではの魔術。どこまでも悲しく、どこまでも美しい。なんとなく、歌舞伎にもこういう技法(藝の力と言うべきか)あるよな、と思い出したりもした。あちらこちらをトリップして、今日は夢の中にも異国の風景が出て来そうだ。

血の婚礼 [DVD]

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