漏電感電宵

今日も気持ちのよい夕暮れ。長い長い散歩に出た。C橋を渡り、ダウンタウンへ。この辺りからやたら人が多い。四方八方から無数の人間が同じ方向を目指してワラワラと集まって来ている。橋を渡り切った所にはフットボール・スタジアム。あ、そうか、今日はフットボールの試合のある日なのか。と気づいてそのまま歩き続けるのだけど、なんか、なんか変だ。

フットボールの試合の時には、集まって来る人々の色合いがチームカラーのオレンジ一色なものなのだが、今日の群衆はどっちかというと黒くて、オレンジなんて、どこにも見当たらない。しかも、群衆のテンションが「フットボール観に行くべ、ビールのむべ」といういつものややユルい感じと今日は少し違って、群衆の中の男も女も、いつもよりも血圧が20くらいアップして、脳内に既にアドレナリンが出始めているような異様な目の輝きで、時々奇声を上げて、なんだこれ?

なんだろう。なんだろう。なんなんだろう。すると、ん? 向うから歩いて来る群衆内の人物3人のTシャツ胸部分に、ぼんやりと浮かび上がる文字。それがだんだんこっちに近づいて来て、ようやく読み取れた。「AC/DC」。ACとDCの間にあるスラッシュの部分が稲妻の形になっている。へー、そうか。と、そう思って見渡せば、前から右から左から押し寄せる群衆の7割くらいの胸にAC稲妻BCと書いてある。ロックコンサートかぁ。といって、私はAC稲妻BCというバンドの曲が ササっと思い浮かぶ程のロックファンでもないし。へええっと思いながらそのまま通過。

とても長い散歩だった。ダウンタウンの隅から隅まで四角く歩くような感じでA国領事館やJ国領事館が立ち並ぶ辺りをぐるっと通過して、おなじみのV市イギリス海岸へ。既に陽は海の向うに沈んで、水平線の上のところが紫ピンクオレンジ青を混ぜた色に染まっていて、その色彩の帯の中をカヤックが3艘すうっと通過。日没時間になると、なぜか犬の数がめっきり減る。犬観察病なので「ちっ」と舌打ちする。もうちょっと早く来れば、散歩途中の犬犬犬のオンパレードが見れたのにな。

しばらく夕焼けを見てから、海岸沿いを歩いて戻る。クルーズ船の灯りが行ったり来たり。海岸に打ち上げられた丸太の上に座って夕暮れを吸い込んでいるらしい人影多数。自転車に乗る人。走る人。老夫婦。水辺に佇む子供。くるぶしのところまで海に入って、何を見てるのか子供よ。あっちは水平線。太陽が消えた場所。チラチラと波。貨物船の黒い影数個。海鳥。

とても長い散歩だなあ、まだ終わらない。と思った辺りで、何か音が聞こえて来た。ダダダダダドドドドドドワーワーワー。V市の夕空に雲のように漂うこの音の塊はなんだ。と、それは数キロ先から響いて来るロックコンサートの音だった。すげえな。タダでAC/DC。防音対策ゼロ。屋外コンサートでもないってのに。中に居たらどんな騒音なんだろう。耳が耳が耳が裂けて、脳味噌が噴き出る図を想像。いつのまにか足はスタジアムの方向に引き寄せられ、スタジアムの近くのお子様公園でしばしAC/DC(漏電版)に浸っちまった。Vでこんな熱気のあるイベントを目撃したのは初めてだな。AC/DC恐るべし。漏電だけで感電しそうだった。