V図書館読み切り計画:015『まほろ駅前多田便利軒』

V図書館の書棚をずずずーっと目線で追う。これが結構謎なのだが、いわゆる古典と言われるような日本文学の名作などが、ほとんど置かれていない。その代わり、現代作家の同じ本が二冊並んで置いてあるのが目を引く。ビデオやじゃあるまいし、図書館で同じ本二冊って、なんだかちょっと変だよなあと思いながらも、とりあえず一冊ではなくてまとめ買いで二冊最初から入れてるってことは、それに見合ったスバラシイ人気作品なのだろうか、と期待が高まる。

で、この赤い背表紙の本も同じのが仲良く2冊並んでたので、つい手が伸びた。

まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒

(収蔵日:2007年2月)

と、手が伸びた時には全然知らなかったのだが、後でこの小説は「直木賞受賞作」であることを知り、あーそういうことか、と思った。どうやらV図書館の「二冊買い」はXX賞受賞作品であることと深い関係がありそうなのだ。うーむ、でもなぜ二冊買う。一冊で良さそうなものを。そのもう一冊分で、日本文学全集を買い揃えて欲しいなぁ。もしくは逆に、「これは!!!」という目玉作品はもうむちゃくちゃ五冊くらい入れちゃうとか。一冊づつだと棚がスカスカになっちゃって格好つかないし、選んでる時間もないのでとりあえず二冊ってのもあるのかもしれない。あるいは「2冊割引」みたいな制度がどっかにあったりするんだろうか。ひょっとして賞取った本って一冊買うと二冊目がついてくるBuy one, get one方式なの? まあ確かに海外の図書館の棚に並んでると日本を代表する小説!っていうセレクトされた雰囲気が出る上、海外にいる日本人は日本語書物にものすごく飢えているので、図書館の棚にあれば何でもつい読んでしまうという傾向にあるから、作家になったら取りあえず海外図書館に一冊(2冊?)寄付ってのも、宣伝効果が結構あるかもしれないよ。

なんて、またどうでもいいことを考えながらちゃらちゃらと本を開き、とっても平易な文章で書かれたとっても分かりやすい物語なので、あっと言う間に読み終えてしまった。文体うんぬんで作家が矢鱈目鱈に工夫して、既にもう日本語じゃなくて記号の羅列みたいになっている「芥川賞受賞作」群とは真逆に、こちら「直木賞」の方は、全く何の癖も特徴もない文章で、読みやすいけれどどうもちょっと物足りない。演劇でもフツーの演劇よりも意味不明に近いような前衛演劇とか既にもう演劇ですらなくて、名前がつけられなくて皆困ってウンウン唸るようなヤツが割と好きなので、文学の方もあんまりスラスラとストーリーが展開して、何の躊躇も戸惑いもないようなのだとあれれっと拍子抜けする。この本もとってもスムーズな筆運びで淀みなくストーリーが展開して、それなりに次を読みたくもなるのだが、でもやっぱりどこか決定的に拍子抜けした。

面白かったのは、物語の一章ごとの最初のページにある、少女マンガ系のイラスト。文学作品なので、これは「挿絵」ってことになるのかなと思うのだけれど、この挿絵があることで、物語の中の人物像がどう振り払おうとしても、どーしてもこのマンガ調のかっちょいいお兄さん方のイメージになっちゃうのである。実は、最初の章は偶然このイラストを見ずに読み進んで行って、登場人物の年齢とか雰囲気がどうも掴めずにどんどん?が堆積していって当惑した。なんとなく最初の方の叙述だと、かなりの年齢の疲れたオッサンのようでもあるのだが、文章に書かれていることからはどうも曖昧で、明確な人物像が生まれて来ない。うーん、これは変だな、と思っている辺りでフとイラストを見てしまった。おおっ。イラストの男達は少女マンガ系なのでシブくてかっちょええ。で、それを頭の片隅に置きながら更に読み進む。かっちょええ、というような記述はどこにもないし、むしろ「不気味」「凡庸」「ムサい」という感じだと思うんだけど、ああ、悲しいかなもう私の脳にはかっちょええお兄ちゃんたちのイメージが刻印され、そのイメージから逃れることはほとんど不可能。

というわけで、かっちょええ系の挿絵のせいで(おかげで?)この小説は私の頭の中では完全なる少女マンガと化してしまった。それでよかったの? と作者にちょっと聞いてみたい。

視覚ってのは恐ろしいインベーダーだな。文学は文字情報から視覚(イメージ)を脳内で合成するところが面白いんで、言葉が視覚の奴隷になっちゃうと、文学ではなくなっちゃう恐れもある。もしこれ意図的にやったとしたら、面白いな。それで視覚と文字とがお互いに壊しあうようなとこまでいけてたら、文学が文学ですらなくなって、困って唸るようなところに行けるかもしれない。でも、視覚ってのは普通あまりに強烈なので、見ちゃうとほぼ絶対にそっちの方が強くなっちゃうんだよな。難しい。

百聞は一見に如かずと言うけれど、一見が百聞を殺すこともあるのだなあ、とそんなところばかり関心して読了。いや、視覚ってのは面白くて厄介なもんだ。