透明な溜息

今日も小さいものの世界に分け入る。小さいものの更に更に細部へと作業が進んでいるので、もうほとんどミクロの決死圏。自分の指一本よりも小さいものをくっつけたり削ったりするのって、未知の世界。何度か手が攣りそうになる。米粒に顔でも書いて指先(というよりも、猫の額ならぬ指の額くらいの領域)を鍛錬してみよっかな。

晴天。光がとてもキレイな日。この透明でキラキラキラキラしている空気に包まれている今日のV市で、何もしないなんてことは許されそうにない。家の中でゴハン食べてる場合じゃない。テレビ見つつ窓からチラチラ外を見てるだけなんて反則。そうだ、ピクニックだ!

と、小学生の遠足みたいなお弁当作って散歩に出た。卵焼き、タコウインナ(実はソーセージなのででかい)、ツナマヨおにぎり、などなど。そして、今日の目玉はトマト2号3号4号5号! こいつらは皿の上よりも海辺のブランケットの上を望んでいるに違いない!

今日は、犬の収穫多し。私好みの犬がいっぱいいる。基本的に大型犬が好きなんだけど、足の毛がモコモコで太い中型犬なんかも好き。あ、こっちにも、あ、あっちにも、あ、すれ違う、あ、後ろにも。フフ、私が犬観察病であることをV市の犬オーナーらは知る由もない。こんなに無防備に、あんなに大胆に。ああ、目の中に飛び込んで来るフサフサの毛並み。最近はラボで獣と長期に渡り格闘していたので、犬毛を見る目もかなり高まっている感じ。見ただけで、触り心地まで想像できる。自然ってすごいな、生命ってすごいな、あんなに素敵な毛並みが天然なんだもの。触りたい...抱きつきたい...はほはほはほと戯れたい(アブナイのです、犬観察病は)。

海の見える芝生の上にブランケットを広げる。お日様が海の上38度くらいのとこまで波に接近。波という波が、えへえへっくすぐったいよと砂金を踊らす。ジョギングの人、自転車の人、犬と人、赤んぼ連れの人、カナダグースの一団、いろんなものが金色の海と私の間を通過。ホリデーのコマーシャルかという絵で夕陽に向ってデッキチェアを並べてシルエットになってるカップルなんかもいる。カリフォルニア産コシヒカリで小さく結んだおにぎりをほおばる。風が、海苔とゴハンの間にすっと入って、海苔をちょっと踊らせ、お米をちょっとときめかせ、口の中に収まる。風景がそうさせるのか、時刻なのか、やっぱり米自体の威力なのか。あまりに美味しすぎる。

そして、プチトマト。ここで食べてもらって良かった〜、とあいつらが微笑むのと、ここで食べて良かった〜と私がニタるのとほぼ同時だった。あいつらはクリームみたいに甘くて種のとこがちょっと酸っぱくて。そして、目の前にはキラキラ光る波。ほう。

胸の大きく開いた黒いドレスを着た女性を見かける。腕に「禅」の文字のタトゥー。「禅」って入れちゃうの夏のお姐さん(字余り)。禅文字のタトゥーって、なんていうかそれ自体が禅問答みたいだなあ。

今日はホントに犬の当たり日。アジア系の若いおねーちゃんが、むっくむくの子犬を連れてるとこに出くわす。猫よりもちっこいぞあれは。それが、トコトコヨロヨロ。あれを目にしたものは微笑まずにはいられないという、そういう魔法の物体。私もその魔法に取り憑かれ、犬観察病がますます悪化し、V市の夏の日の魔力に取り憑かれ、ほう、ほう、となんだかやたらに透明な溜息がたくさん出た。世界が軽くなって、ふっとそっと薄暮の真ん中に浮かんだ。