獣空、のち日想観

曇天から少しずつ晴れへ。今日も朝から獣との格闘。7時間くらいぶっつづけで獣と取っ組み合っていたので、体中毛だらけになるし、獣の毛先をチョキチョキとトリミングする作業の後には鼻に獣毛粉末がいつのまにか入り込んでくしゃみが出るし。この感じだと、たぶんパンツの中にも獣の毛が侵入してるな。目もなんかシバシバする。

これが本物の獣だったら、アレルギーで大変だろうなぁ。猫は好きだけど、激しい猫アレルギー持ちであのフワフワの毛に触れないし、犬なんかも大好きなんだけど、ヤツらが毛を擦り付けた絨毯に出会うとどうも鼻がムズムズする。あの温かくてフサフサした毛に顔を埋めてぐうぐう昼寝してみたいんだけど、それは夢のまた夢。仕方ないのでフェイクファーと思いっきり戯れている。

さすがに7時間も毛先をチョキチョキやったり、余分な毛をそっと取り除いたりなどという作業を繰り返していると、脳の中にもいつの間にか毛が侵入。目をつぶってもつぶらなくても、なんだか頭の後ろ側の方にもわもわとした獣の毛のイメージが焼き付いていて、それが世界の映像とミックスされて投影される。しかも、朝からずっと同じ体勢で獣皮の縫い目のあたりを凝視しつづけていたので、体が歪んだハンガーの形に凝固。この7時間、全く集中力が途切れることなく獣をちょきちょきやっていたのだが、だんだん呼吸が浅くなって来ている。脳は「あと3時間は行けるぜ!」と言ってるけど、体の方が「もう限界」のサインを送ってる。こういう時はちょい散歩。

と、外に出たら、手元15センチの所にずっとフォーカスされていた目が、フォーカスすべき獣を失って困惑してる。さっきまで世界が手元15センチの大きさだったのに、外に出た途端に世界がフツウのV市世界の大きさに急に広がったから目眩。感覚が完全に捩れちゃっていて、歩くのに「右足、左足、右足、左足」とかけ声かけないとつっ転びそう。しかも、ココにいてもココにいないような宇宙人っぽい感覚が体の回りのぐるり15センチくらいのところを覆っている。お気に入りの近所の倉庫街を獣系宇宙人の様でフラフラ散歩。光の射し始めた人のいない路地の曲がり角に獣毛。ドライクリーニング工場の裏に獣毛。青空に雲ならぬちぎれ獣毛が浮かんでいる。教訓:こんなになるまで、根を詰めて獣仕事をしてはいけない。脳が全部獣毛の塊になってしまった。

夕刻。ようやく本日の獣との闘いを終え、ダウンタウンへ。頭の中が獣毛を目一杯吸い込んだ掃除機の中身のようになっちゃった今日のような日は、ラーメンを食べる。実はこれはV市風にアレンジした即席お盆行事の一環。なんでお盆でラーメンなんだよ? ご先祖様のメンバーの中に、ものすごくラーメンが好きな人がいたから。ビールが好きな人が居たという理由でビールも注文(調子いいな!)。獣との7ラウンドできゅうきゅう音がするくらいお腹が空いていたので、いりこ出汁の効いた塩ラーメンがやたら美味しかった。ビールがハンガー型に固まった体を少し溶かす。ご先祖様のことを考えながら、勤労の後のラーメンを拝みながら頂く。ずるる。ほわあーっと、溜息が出た。

食後、V市イギリス海岸まで散歩。でっかくて橙色の夕陽が遠くに見える島のシルエットの向こう側に沈んでゆく。「日想観」なんていう言葉をちょっと思い出す。極楽浄土はあっちにあるのかしら、なんて。

それにしても、一日中獣と闘っていたので、お盆の用意が全くできていない。なんという怠惰! お供え物&花という最小限のものさえ揃っていない。なのにお盆の中日は既に夜9時を回っている。お盆に滑り込みセーフはあり得るのか。まるでこれでは来客を待たせて仕事して、夜9時になるまで茶の一杯も出さずに放っておいたようなもんじゃないか。でもV市の夏は日が長いからまだ明るいし〜、などと勝手な言い訳で自分を励ましつつ、この時間になって、ようやくオーガニックスーパーでお花とお供え物を手に入れて帰宅。スーパーで買ったお花なんかでご先祖様ご一行が満足するかどうか分からないけれど、昔よく祖母がお仏壇に供えていた百日草の可愛いのがあったのでちょっと嬉しい。お供物はオーガニック・ジンジャー・クッキーと、やたら体に良さそうなものが一杯入りココナツがまぶしてあるデカ丸オーガニック菓子。かなりV市風お盆の雰囲気が出てるな、これ。

蝋燭に火を灯すと、やっと落ち着いた。「きもちのいい、ゆうぐれだねえ」と声が聞こえた。ご先祖ご一行はV市の夕焼けを私と一緒に見てたのだろうか。とても透明で柔らかい宵。