ビルは蠅に好かれている

午後、植物園へ。もう日曜日の恒例になりつつある。
今日は園内で映画の撮影をやっていた。なんか有名な犬の映画(アニメ?)らしい。背景の撮影かしら。歩き回れば何をしてるか見れたかもしれないけど、読みたい本があったので、池のほとりの「いつものベンチ」に直行。

本日の本は、ビル・ヴィオラの『Reasons for Knocking at an Empty House』というやつ。彼の作品のコンセプトなんかを彼自身が語っている本。思えばこの本は、F犬街に住んでた頃に、作曲家の先輩C姐さんが「ものすごくカンドーしたから、読みなさい!」と半ば強制的に薦めてくれたんだった。その後、私にくっついて海を渡って来たこの本だが、買った当初にパラパラと読んだだけで、もう随分開いたことがなかった。なぜか、思い立って、最近またパラパラとめくっている。

「いつものベンチ」に座ると、なんだかいつもと違う。家にいるのよりも少し小振りの蠅が、やたらたくさん周りに飛んでいる。周りだけならともかく、私のTシャツおよび腕、指先などに所構わずランディングしてペロペロやるので、もぞがゆくて仕方がない。振り払っても、振り払っても、蠅は戻って来る。まあ、数にして7匹くらいかな。ビルの深淵なる言葉の上にも止まっている。ビルのデッサンの上にも止まっている。ビデオインスタレーションの写真の上なんかにも止まってペロペロやっている。こいつら、ビルが好きなのか? と思うくらい、やたら本に群がっている。どうあがいても、蠅が本のページの上で遊んでいてどうも気が散っちゃうので、今日のところは「蠅はビルが好きだ」ということにして、本を閉じた。いや、適当なページを開けて、蠅に本を楽しませておいた。

あるいは。

植物園というのは、植物がたくさんあるところだと普通思われているが、この季節には植物園というのは昆虫園でもあるってことなんだな。
そして、私はその昆虫達の世界に無作法に入り込んで来た「どうぶつ」なんだな、と直感した。

たぶん、哺乳類である私の匂いや体温を蠅どもはいち早く感知して、それでどこからともなくベンチに集まったんじゃないかな。例えば、ここに犬や猫がやってきても、こいつらはブーン、プーンなんて音をさせながら、そっちに寄って行くのだろう。植物と昆虫の園に迷い込んだ一匹の動物として認めてもらったことが、ちょっと嬉しいような。でも真面目な顔して本なんか読んでる人間であることが、やっぱりちょっと格好悪いような。

ビル読書はあきらめたので、録音機を取り出した。

日曜の午後の、植物と昆虫と、遥か遠く上空を通過する飛行機の音を撮る。それから、鳥、ロシア人観光客のグループ。日本の楓の木を見つけて「これはヤポンスキのメープルだ」とか、ロシア語で話し合っている。(ヤポンスキっていう語感からしてロシア人だと思ったのだが、チェコ人だったかも)

録音してると、いろんな生き物が周りにやってきた。まず、滑走するみずみずしいミミズ。ホントにものすごいスピードで走ってた。走るミミズって初めて見た。走ってる音を録音しようとマイクを差し出すと、「え?」という雰囲気で迷惑そうに立ち止まった。明りなのか匂いなのか、それとも体温なのか分からないけれど、ミミズは完全にこっちの存在を察知して、警戒してたな。それから、糸とんぼ。体が青い。それから黒くて太ったリス。なんて見てる間に、ミミズは消えてた。近くでやたらガサガサ言うので、ギョッとしたら鴨の親子。水に向って坂を駆け下りて、ぼちゃんという音がした。それから、枯葉の上を歩いて音を撮ってたら、中から、黄金虫。スニーカーに登ろうとしてくる足の長い蜘蛛。蠅のちっこいの。蠅かどうかもよくわからないような羽虫。たぶん、もっと小さい、もっともっと小さい虫も、そこらじゅうに。

今後、植物園では昆虫界の面々にも挨拶しようと心に決めた。今まで無視しててごめんね(シャレじゃないよ)。

蠅にページを占領されて、ほとんどビルは読めなかったようにも思えたが、蠅のおかげでいつもより深く読めたような気もした。足下の、そのまた下の、その下に、無数無限の虫世界。考えただけでもワクワクする。

先週に続き、植物をいくつか購入。ちょっと花組に近いハーブ組というところで、まず「イングリッシュ・ラベンダー」。花が咲くといいな。それから既にいるバジルのお友達として「レモンバジル」と「シャム・バジル」というタイ系バジル二種。更に、イタリアンパセリ。早速、鉢に植え替えた。イタリアンパセリはミントと同居。どうなることやら。バジル組はみんな同じ鉢で同居。「タイ風鶏肉のバジル炒め」考えただけでも涎が出る。風になびく植物達を見ているだけで、やたら嬉しい気持ちが沸き上がる。(え、食べちゃうの? 食べちゃうよ。育ったらね)

今日はこれから雨が降るとか降らないとか。空に綿毛のような雲の線がほややんと浮かんでいる夕暮れです。