土=タイムマシン説

朝からオブジェ制作。久しぶりに縫い物系の作業。頭でへ理屈など考えずにひたすら感覚と手を動かす作業が楽しい。フェイクファーを使っての作業なので、たちまち犬と熊と毛足の長い猫とプロレスごっこをした後くらいに毛だらけになる。ファーは手触りがいいので、ついすべすべうっとりしてしまう。そんなことをしばらくやっていたら、新しい作品のアイディアが浮かんだ。手を動かすと、必ずいいことがある。午後書き物。夕方、例の会員になった植物園に出掛ける。

陽はまだ高い。ゲートをくぐると、ものすごい色の洪水に一瞬「アッ」と声を出しそうになった。この前にこの「V市秘密の花園」に来たのは春の終わり頃だったんだけど、あの時とすっかり花姫たちのメンバーが入れ替わっている。もうあっちでもこっちでも「うふふ。夏よ〜ん」とばかりに笑顔を満開にしている花姫たち。やはり夏の花というのはビキニ系で、オープンである。シャイさが好きな私にはちょっときゃんきゃん娘すぎるきらいもあるのだが、いや、ゴージャスだね、君たち。なんというか、青春真っただ中っ、って感じじゃないかい。眩しいよ、ほんとに。

水辺の木陰でしばらく読書。鴨の親子連れ、カナダギースの家族連れなどが、ジョーズみたいにこっちを目がけて一斉に泳いで来る。こっち側に上陸されて、つつき回されたらどうしようと焦ったが、彼らは池の真ん中辺りでストップして、ぷかぷか浮きながらお互いに「ガー」とか「グワグワ」とか言いながら遊んでいて、こっちにはやってこなかった。

植物園の売店で、苗を数本と腐葉土を買う。バルコニーのハーブがずっと枯れたままだったので、まだまだ長い夏に向けて、栽培を開始しようという目論み。今日はミントとバジルとミニトマトの苗を買った。花組のひとたちも欲しかったのだが、どの子を連れて帰るか迷い過ぎて、来週までお預けということになった。夏のオヤジは花姫のセレクトに時間がかかるものなのだ。

夕暮れ。といっても、まだまだ陽は高い。もう午後8時半を回っているというのに。ベランダで、苗を鉢に植え替える作業を今日のうちにやってしまおう。腐葉土の湿り気。毛細血管のように入り組んだ根の手触り。腰が痛くなるんだけど、思わず夢中になってやってしまう。土に触るのなんて、久しぶりだなあ。遠い時間の彼方で畑仕事をしている祖母の姿が、一瞬自分の今の時間と重なって、あの頃の空気がふわりと周りを取り囲んだ。えええっと...おばあちゃんはどうやってたかなあ...。苗を畝に植え替える時。水はたっぷりやってたよなあ...。覚えているもの。どっさりの水が柔らかい土にすーっと吸い込まれて行く映像。祖母は夏の夕暮れにはいつもホースで水を撒いていたから、夕暮れは必ず土の予熱に水が出会う匂いがした。

...などと、あっちこっち時空を飛び回りながら、二つの鉢が完成。ミントとバジルはでかい鉢に同居。ミントはやたら増えるという噂なので、バジル頑張れというとこか。途中で、一体どこから出て来たのか、みずみずしいみみず一匹登場。一瞬ひるんだけれど、ラッキーとばかりミント&バジルの鉢に入れた。ベランダで枯れていたハーブ族は一掃し、新しいハーブの鉢が並んだ。うーん、いいなあ、新鮮な植物軍団。吹く風がもうさっきとは違っている。

前からあった植物も、なんとなく最近元気がないので、土を替えてみることにした。鉢から取り出してみると、土が固くなり、いかにも栄養分がなさそうな色をしている。その乾いた土をほぐして、腐葉土と混ぜながら新しいベッドを作って、植物をそっと植え替えた。土を耕す、という意味が初めて分かったような気がした。そうか、耕すということはこういうことだったのか...。カラカラに乾いて固くなった土の上で息絶え絶えになっている元気のない植物を見て、なんだか自分の姿を見ているような気がして切なかった。耕さねば。そして、栄養を与えねば。

この新参のハーブたちと古参の植物たちを繁茂させるのが私のこの夏の「自由研究」だな。かつて、サボテンも枯らすと恐れられた私に、ガーデニングなどというものが可能なのか、かなり怪しいが。小学校の朝顔の鉢植えもちょっと枯らしたような覚えが...。とにかく毎日の水やりはきちんとやりまーす。あと、もうちょっと植物の育て方を研究しないといけないな。一人一人の個性も考えてあげないと。

などといううちに、この上なく心地よい夕暮れがやってきた。昔ならばここでおばあちゃんが「ごはんだよー」と声をかけるタイミングだが、その祖母はもういない。このちびガーデンはおばあちゃんの庭だな、と何故か思った。土をいじってる時に、「ああ、私もこの世界からいなくなる時には、野菜を育てる栄養たっぷりの土になりたいなあ」という変なことが頭をよぎった。なんていうか、変な話なのだが、土の中に、祖母がいたのである(ホラーじゃないよ)。私が土に触れている時、確かにおばあちゃんがそこにいたのである。

どうやら土というのはタイムマシンなのだな、と蒼くなりはじめた空の下で、やっとそこのところに気がついた。