心は国境を超える(確信)

いきなり東京タワー。ベタでしょ。ベタだね。修学旅行の制服男女がそこら中を駆けずり回っている。エレベーターの中で七色の照明が光る。田舎から出て来たらしき初老の女性三人組がポシェット&帽子で展望台に佇む。ベタです。いきなり初日から東京だよおっかさんならぬ「東京だよとうちゃんかーちゃん&息子」、あるいは「東京タワー、とうちゃんかーちゃんと僕と、ときどきピヨコ(英語吹き替え版)」。でも、あんまり浮いてませんこちらの3人+1ピヨ組。周りには世界各国からのゲストも散在。いやあ、それにしてもベタだ。

と日本鳥としてはちょっと赤面しちゃうロケーションなのだが、そんなことはいざ知らず、東西南北のパノラマを解説パンフレットと照らし合わせながら、熱心に景色に見入っているとーちゃんかーちゃん&息子。彼らの興味の対象ナンバ−3は「富士山、皇居、六本木」。からっと晴天ながら、富士山は裾野の一部が微かに見えるくらいであるが、それでも写真をバチバチ撮っている。そして、「エンペラーズパレスはどこだ?」という質問が続出。皇居っていっても建物が見えるわけじゃないので、「あのグリーンゾーン全部だ!」とか言ってお茶を濁すピヨコ。それでも「おお、あのグリーンゾーン全部なのか!」と、確認して喜んでいるとーちゃんかーちゃん&息子。写真パチパチパチ。東京タワーでここまで喜んで頂けるとは。やっぱり元祖観光地。なかなかの底力だぜ東京タワー。

あれっ。普通に東京観光を楽しんでいる3人組の傍らで、彼らには知られぬようにそっと、ピヨコが遠くを見るような目をしておるぞ。その昔、田舎から東京に出て来たピヨコにとっても、東京タワーは東京のシンボルだった。そして、都会に揉まれて悶々とする日曜日なんかに、なぜかこのタワーに一人で登り、街を見下ろし、なぜかしらずタワーからパワーを貰って帰って来るのが、このチビ鳥の秘密の趣味だったのだ。タワーのパワー。フロイト的に言えばファルスパワーなのか、これ。悶々とする午後には東京タワー。この雑踏の中にも必ず一人や二人、悶々タワー族が混じっているはずだ、とピヨコは周囲をキョロキョロ見渡してみた。えええっと。はっ。本日は皆様普通の観光客みたいですね。失礼。

と、思わず知らず、タワーからまたパワーをゲットしてしまったピヨコ。そのあたりからハイパーピヨコに変身し始めていた、らしい。

なんと。タワーパワーで勢いづいた一行の本日の次の目的地は両国国技館。これはもうベタなのか通なのか分からないような観光地の選択。しかしこのセレクションには実はツアーガイドの熱い思いが隠されていた、のだ。学校から帰って来るとランドセルを放り投げて、テレビの相撲放送にかじりつくようなヒヨコであったピヨコ。当時は幕内力士の名前を全部覚えていただけでなく、「大きくなったらお相撲さんのヨメになるの、うふふ。」と、性別すらよく分からないようなヤツなのにぼーっと夢見ていたこやつ。ヒヨコ時代から培った相撲ラブを発揮して相撲記者にならないか、なんて誘われたことすらあったこの毛のフワフワした野郎。なのに、なのに。恥ずかしながら一度も本場所ナマを見た事がなかったのです、この嘴の黄色い塊。

ヒヨコ時代からずっと夢見ていた両国国技館。米国人向けの感動ツアーを装っているが、実は自分が一番行きたかったらしい。ツアコンがそういうことでえーのか。いやいや、ピヨコトラベルの信条は、自分がラブしてないものはお勧めしないということであるからして、意外と正しいのかも知れない、このベタツウな選択。結果は...息子はもとよりとーちゃんかーちゃんにも大ウケ。力士が出勤してくる通用門でのおっかけに始まり、東西幕の内力士の入場、横綱土俵入り、そして最後はシメの相撲甚句までてんこもりで堪能。外国人力士も多いし、いろいろと不思議なしきたりも多いし、興味の尽きぬ相撲ワールド。国際的視点から見ても、満点に近いエンターテイメントである。でも、確かに、一番興奮してたのはピヨコだな。場内の熱気、呼び出しさんの声、行事の勝ち名乗りなどその音風景だけで心拍数が2倍くらいに高まる。過呼吸でぶったおれるんじゃないかと思うくらい、興奮。会場整理してるのが元力士だったりもして「あ、あれは安芸乃島」とかやたらニヤニヤしてるピヨコ。「カイオー」とキンキン声で叫んだのも、ピヨコです。息子も野太い声で「カイオー」と3度叫んだ。その声援が届いてか、魁皇快勝。ほらほら、あんまり乗り出すと落っこちるって。顔は嘴が裂けちゃうんじゃないかってくらい顔が笑っちゃってる。と、その合間に「かーちゃん、次に出て来る力士はベーリーグッドルッキングですから、双眼鏡で激見してください」などと細かな指示を出すピヨコ。(ちなみにその男前力士は『豊真将』。ミーハーなピヨコめ)そして、相撲に関する事細かな疑問質問にスラスラと答える嘴。何が役に立つか分からないものである。人生、いやピヨ生。

両国国技館での相撲観戦という一生の夢を実現してしまったピヨコはもともと早口なのに3倍速くらいになっている。卒倒寸前。脳内にハッピー物質が出ちゃってる。ぽよよん。とーちゃんかーちゃん&息子も、そのぽよよんのお裾分け(あるいは押し売り)で、幸せな宵を迎えているようである。よしっ。好きこそものの上手なれ、だ。ラブなくしてピヨコトラベルのツアーなし。って、やっぱり自分の好きなことばっかり選んでるようでもあるが。え、「おすすめ」をツアーに組み込んでるだけだって、都合のいいやつだな、ピヨコめ。

いつもにも増して足が宙に浮きながら疾走するピヨコ。ほとんど飛びそうである。大丈夫か、そんなにぶっ飛ばして。え、こっちだあっちだとか言いながら電車乗り換えて、これからどこ行くの? ホテルに帰るのか? ん? はあ。なるほど。これで本日は終わりなのか、と思わせておいて、〆は神田のとんかつ屋。出ました、ピヨコトラベル定番のとんかつ屋。こちら神田駅南口前薬局ビル地下にある、一見フツウの小さなとんかつやなのだが、ここをピヨコは命のとんかつ屋と呼んでいる。かつてピヨコが路頭に迷い、飢えと不安に押しつぶされそうになって東京の街を彷徨っていた時に、その心ある味と人情でピヨコの胃袋とソウルを救ってくれた命の恩人のとんかつ屋なのだ。日本のソウルフード、ザ・とんかつ。このトンカツ屋のことはまた日を改めて書きたいくらい、いろんな思いがここにある。米国人はとんかつなんて食べるのか。もちろん。揚げ物はインターナショナル。思わず零れる笑み。美味しい美味しいと、ヒレカツロースカツメンチカツ海老フライ等をたいらげる親子。そして、東京下町人情マスター&おばさんの、飾らない、人肌の、温かい心が皿の隅々に盛ってあるようなサービス。箸をフォークに持ち替えて食すとーちゃんかーちゃんにもその国境を超えた心遣いはまっすぐ伝わり、とーちゃんは完食した皿を前に「ああ。ほんとにいい人たちだ」と言葉は少ないが心の内側から沁み出す一言。かーちゃんはキンと冷えたビールに酔っぱらいながら「ジス イズ グッド」を連発。息子は、マスターに弟子入りしてトンカツ道を学びたいと言い出す始末。ああ、なんと幸せな宵なのだろう。人種や文化背景は違っても、箸をフォークに持ち替えても。伝わるものがあるのだなあ。細かな差異を全部取り除いたところに素っ裸で微笑む、こころ。その心と心は、あらゆる差異や棒線や、境目や壁を超えて出会うことができるのだ。カタコトの言葉、身振り、味、そして笑顔を通して。カンドー。

こんな日本がまだここにそっとあること。それがオバマ国の住人にも伝わったことが、嬉しいぜ。じーん。

なんて恵まれたヤツなんだ、ピヨコ。こんな心と心の交流の場に立ち会えるなんて。

これはタワーのパワーなのか、力士のパワーなのか、それとも人情のパワーなのか。内側にどんどん流れ込んで来るこの熱く清く透明なものは。生きていることが嫌になることもたまにあるものだが、こんな宵には、この宇宙の地球の日本の東京の神田のトンカツやのテーブルに存在しててよかった。とマジで思うのだった。ピヨコ、お疲れさま。皆にもらったそのパワー、何かいいことに使って恩返ししろよ。なあ、食べ過ぎてお腹がぷぅぅぅっと膨れ上がりながら顔が緩んでる、そこのピヨコさんよ。