マスクの謎

日本から完全防備ウイルス99.9%対応のマスクが送られて来た。もちろん新型インフルエンザ対策。来週日本に飛ぶ時に、こいつをかけて、「コーヒー、ティーティー、コーヒー、ウイルス、ウイスキー」などとアテンダントを装って迫って来るウイルスの卑劣な攻撃から身を守ろうってわけだ。「キトサン配合抗菌防臭フィルター」「3Dイソジンフィルター」などなど、一体それがどういうフィルターなんだかは全然よく分かんないが、ともあれ何がしか効果がありそうなモノモノしさが嬉しい。

日本では、ありとあらゆる特殊フィルター特殊技術を駆使したこのようなマスクが目白押し、らしい。選ぶのが大変なくらいだそうだ。っていいながら、V市をぐるっと見渡すと、マスクをかけている人は一人もいないし、マスクを売っているのを見かけたこともあまりない。マスクっていうと、まずこっちでは作業用の防塵マスク。DIYの盛んな土地柄なんで、防塵マスクをかけて作業した経験のある人はたくさんいそうだけど、一般人で医療用のマスクをかけたことがある人なんて、ほとんどいないんじゃないだろうか。家の外で、作業中でもないのにマスクをかけている場合は、何かものすごく恐ろしいことが顔に起こっているか、あるいはものすごく悪い病気にかかっているか、あるいはものすごく危ない前衛アートかなんかであるか、大体その3つのうちのどれかだとこっちの人は思うから、空港はまだしも、一般道路でマスクをかけるのはほとんど不可能に近い。怪しすぎるんだもの。

日本人が、なぜマスク好きなのか、いつからマスクを常用するようになったのか、すごく知りたい。マスクって、カタカナ語だし、間違いなく外来文化だよねえ。魔を救うと書いて魔救、古くは天平時代に遡り...なんてことはないよね。なのに、日本人は何の抵抗もなくマスクをかけ、欧米人はマスクをかけない。マスクにラブな文化ってのは、日本以外にもどっかにあるんだろうか。どうやら、アジアの国々はマスクラブ圏に入るらしい。アジア人はマスクOKで、欧米人はどうしてマスクNGなのか。日本のマスクの歴史、なんてのをちらちら調べてみると「1919年のスペイン風邪大流行をきっかけに注目され...」とか「1934年のインフルエンザの流行で再びマスクが人気...」とかいうことが書いてあるが、それだったら欧米でもマスクが流行ってもよさそうなものなのに。マスクがアジアでは文化の中にすっと入り込み、欧米では入り込まなかったのがなぜなのかはやっぱりイマイチ分かんない。

子供の頃、体が弱くて風邪ばっかり引いていたので、冬になると必ずマスクをかけさせられた。今時のカワユいキティーちゃんマスクとかピンクのプリンセスマスクとかそんなもんはないし、なんたらフィルターなんてもんもまだ開発されてなかったので、おばあさんが箪笥の引き出しから取り出して有無を言わさず「つかまえたっ」とばかり私の口元にとりつけたマスクは厚ぼったいガーゼ製で、ゴムのところがなんとなく窮屈でエラエラしていて、妙な匂いがして、どうも苦手だった。それでも、最初にマスクをかけたとき、「あ、今自分の出した息をまた自分で吸っている!」とか、そんな変なことに感動したような気がする。顔が小さいのにマスクがでかくて、マスクのお化けみたいなとこからちょんまげ2本出して学校に行かされた。一度使ったマスクをまた洗濯して使ったりもしていて、真っ白ではなくて少し毛羽立ったりしてるのが、妙に恥ずかしかった。それで、学校に行くと、「おあよう」「え?」「ばずぐがげでるがらさべれん」「なに?」などと、わざともぐもぐとマスクを大袈裟に動かしながら、変な喋り方をして楽しんだりしていた。マスクの下で、水っ鼻が大量に出かかるもマスクによりそれを友達に感知されずにセーフなんてこともよくあって(ずるうずるう)、まあ、あれでマスクは少しは風邪対策になってたんだろうな。

と、ほとんど抵抗なく、誰でも平気でマスクをかける日本人なんだけど。
マスクラブってのは、人と人との間の距離感覚と何か関係があるんじゃないか、と突然そんな妄想が沸いて来た。
自分の息、自分のウイルスまで、自分のものとして責任を持とうとする律儀な態度?
逆に言うと、自分のゾーンに他の人のウイルスが入り込むと、みんなものすごく迷惑がるっていうか。
挨拶の時に握手やハグ、キスなんかをあんまりしないもんね、日本人。
一人一人のボディーゾーンに敏感なのかも。
マスクってのは、顔の前にくっつけた即席の壁みたいなもんだもんなあ。ボディーゾーンをはっきりさせて、こっからここまでは私の領域なので、入って来ないでね、私も出て行かないからね、うんうん、こっちも入って行きませんよ、その変わり入って来ちゃヤよ。というその暗黙の了解のシンボルでもあるのだなあ、マスク。

そうか、なるほどそうだったのかぁ〜、マスクは日本人とそんなに深いところで関係していたのか〜。いや、我ながら卓越した洞察だ、えっへん。と威張ろうとした途端、でもぉ〜、それならぁ〜、タバコの煙とかはぁ〜、どうなるのぉ〜、とマスクにはね飛ばされたウイルスが迷惑顔で反論した。確かに矛盾が。論理に綻びが。ううむ。マスクをかけたままでタバコが吸えないからだな、それはきっと。タバコを吸いながらかけられるマスク開発すべし、か。よおし、これを開発すれば、大売れに違いない! どうして今まで気づかなかったのだろう、喫煙マスク。と、一度は興奮してみたのだが、でもぉ〜、それはちょっとちがうんでないのぉ〜、とウイルスがせせら笑ったので、どっと意気消沈。マスクの謎は未だ解決されず。(この文中のウイルスはフィクションです。念のため。)