ピヨコトラベルが行く!

また、ピヨコトラベルに問い合わせが舞い込んだ。ピヨコトラベルって何? 怪しい名前ですがそんなのどこにあるんですか。まあ一言で言ってしまうと、ピヨコトラベルは架空の旅行代理店なんですな。架空であるからしてピヨコトラベルに仕事を依頼しようと思っても、普通はほとんど不可能なんですな。架空なんていうと、いかさま商法みたいでますます怪しいが、実はピヨコトラベルは私の頭の中にあるんですな。現世において利潤を追求している旅行会社とは全く異なり、サービスは全てタダ。だが、なかなか良い仕事をするんで、世界の(ごく一部の)注目を集めている(らしい)。そしてその目指すものは、みうらじゅん安斎肇による「勝手に観光協会」に敬意を示しつつ「勝手にYokoso Japan!」。スローガンは「Kando Nippon!」=「感動日本!」。

とまあ、あるのやらないのやら、フィクションなのやらアートなのやらどうにもこうにも怪し気なピヨコトラベルであるが、日本への旅および文化に関するあらゆる疑問質問に迅速に回答。外国人が日本でカンドー!な旅行ができ、外国人観光客に出会う日本人が「外国人もなかなかよいねえ」とこれまでの偏見を改めちゃうという、そんな双方ハッピーな出会いを創り出すために、きめ細かな心配りで日々努力する一匹のピヨコ。なんで、そんなことやっとるの、そこのヒヨコ、と聞いてみたところ、うんとねー、それはねー、と顔を赤らめ、「だって...うふふ...日本が好きなんだも〜ん」、だとさ。日本ラブなので、その良さを外国人にも伝えたいというその一心らしい。でもねえ、そこまで来るともうオブセッションだよ、そこのヒヨコさん。ん? なになに? 鎖国以来外国人というとピクっと構える日本人をちょっとリラックスさせてあげたいし、って。お前ちっぽけなヒヨコだけど、言う事だけは一人前だなあ。実はそうやって世界を変えようなんてデカいこと思ってるんじゃないのか、ヒヨコよお〜。と、絡んでみたが、当のヒヨコはもうあっちで調べものを始めている。こいつ本当に日本が好きなんだなあ。そして世界が好きなんだなあ。なんだか泣けて来るぜ...。

と、大抵は脳天気に楽しそうに仕事しているピヨコなのだが、時々両脇に本が山のように積もった谷間のところのコンピューター画面に向って「う〜ん」とか「ゆ〜ん」とか、変な溜息を漏らしている。一筋縄ではいかないらしい。カンドーニッポン計画。ここに記すのはピヨコが私に語ってくれた、いくつかの「ゆ〜ん」の例である。こんなことを考えていたのか、ピヨコ。考え過ぎじゃないか、ピヨコ...

その壱:靴と素足の距離
欧米人は家の中でも一日中靴を履いたままという人がかなり多い。靴を脱ぐのは寝る時だけ。よくギャグで靴を履いたまま畳の上を歩く外人の図とかってのがあるけど、あれはマジ。家の外と中の境界線、床と畳の境界線、日本人なら誰でも了解できるこの見えない境界線が外国人には全く見えませんよ、うん。音加庵の入口にもタタキの部分が少しあって、床の部分に続いており、ピヨコは当然タタキの部分で靴を脱ぎ、床部分には土足では上がらないんだけど、外国の人は床部分に土足で乗って靴を脱いで上がったりするの、ピピピ。日本人的には、ああああああっっと痛みを感じる瞬間なんだけど、これは明らかなる文化の違いであるからして、仕方なし。でも、この点は日本への旅人には声を大にして注意しておく必要あり。靴を脱がない習慣からして、靴下に穴といった状況も頻発する可能性があるから、「新しい靴下履いて行った方が無難」などというものすごく細かい指示もGood、ピヨピヨ。更に床の上はスリッパで良いのに、畳の上はスリッパを脱ぐ、といったことも外国人には??らしい。この理由をきちんと説明できる日本人がどれだけいるかは謎。外国人観光客は、日本文化の根幹を捕まえてこっちに喧嘩売ってるようなもんだ。「なんで?」に答えられるように、日本人ももっと日本文化を自覚せねばピー。このバリエーションでは靴とゲタの距離などというのもある。なんであんな堅そうで歩き辛そうなものを履くんだ? と聞かれたことがある。だって、粋じゃん...とピヨコは思ったのだが、これを説明するには2週間くらいかかる。いや2年くらいか。ということで、「すべすべの木肌がきもちいいんだよォ!」とだけ言っておいた。わかんねべな。

その弐:ソファーと畳の距離
若者バックパッカーなど、まだまだ心も体も柔軟で適応力のある人たちにはこの点は全く問題ない。欧米人の老夫婦などの場合のみの心労。オバQのエピソードで、初めて日本の家の中に入ったドロンパが「なんだい、日本の家は貧乏でソファーもないのか。仕方ないからお父さんの上に座っちゃえ」とか言って、日本人のお父さんの上に座るというとんでもないシーンがあったけど、このビックリなリアクション、あながちジョークじゃないのよ、ピヨ。もう既に日本通の外国人なら「おお、ワビ、サビ、ワンダフル、ミニマル、美」とか言うだろうが、フツーの外国人、特にアメリカのド真ん中の辺から出て来たような人は、たぶんまず「家具がない」と思うだろうな。あちらは、とにかくでかい家具、でかいソファー、でかいテレビの国なんだもの。そして、寛ぎの代名詞は何といってもソファー。もう体がソファー型に固まってるので、床に座るというような体勢に対応できない率高し。赤ん坊の時以来始めて床に座るなんて人も、かなりの%いる模様。嘘みたいだが、結構これ本当らしい。となると、畳に座布団というスタイルがどこまで受け入れられるのか。座椅子はソファーとして認められるのかどうなのか。これは、海外に出た年輩のおじさまなどが、つい椅子の上で正座してしまうというのにも似ているぞ、ピピ。体がもうそうなっちゃってるの〜文化ってのは根強い。そして、体の感じる不快感というのはかなり強烈なので、日本に来たら畳文化の経験はしてほしいが、あまり辛い思いをさせてもいけないだろうから、応接セット付きの和室にしとけば...ってのがピヨコの提案。

その参:箸とフォークの距離
柔軟性のある若者トラベラーには「郷に入っては郷に従え。箸で行け!」と一喝で終わり。問題はこれまた初老のご夫婦などという場合。これまた体の記憶ってことなんだけど、もし仮にがんばってお箸で料理をこぼしながらも口に運べたとしても、果たしてそれで美味しいと感じるのだろうか、という疑問ゆ〜ん。でも、箸は日本文化のイロハのイ。一度はトライしてみて欲しい。だけど、ここで大事なのはオプションがあること。お箸でダメそうならフォーク出してもらえるかどうかってとこだ。どんな場所でもMYフォーク持参って手があるが、老舗の寿司屋とか天ぷら屋とかでフォークで食べてたら職人さんに嫌な思いをさせるんであろうか、などという逆の心配もあるしな。だったら、フォークでもOKという気楽なお店くらいにしておいた方が無難かもしれないし...ピウ。お店のこだわり、格、食文化の継承などということもあるので、何でもかんでもナイフフォークで食べてよし、というのもどうかと思うけど、ここのところはもう少しオープンになって良い時期に来ているのかも。日本人なら日本食は箸で当たり前。それ以外の手段なんて考えても見なかったが。国際化の波高し。ステーキに箸を良しとしているなら天ぷらにフォークもまあ許してやってよさそうだけど。どうやろ。

その四:裸と裸の距離
これ不思議なんだけど、北米人はスポーツジムのシャワーの中ではみんな一緒に素っ裸で平気なのに、温泉は水着なんだよな。日本だとその逆。これまた順応性のある若者旅行者などは、まあトライしてみなさい、潔く脱ぎなさい、の一言で終わり。問題はシャイな老夫婦など。ゆ〜ん。ここは、無理強いをしないというのが良さそう。日本の温泉文化というものがどんなものであるか、どういうマナーで入浴すればいいのかなどは教えてあげて、それでもやっぱり敷居が高いというのであれば、無理しなくていいと思う。裸ってのはやっぱりかなりプライベートな問題だし。小手技としては、貸し切り温泉のあるところを探すというのもあるけど、これも人とケースによりけりかな。ピヨコのように羽毛があると便利だけど、胸毛を気にする人も外国人には多いらしいよ。あと、最近だとタトゥー問題もあるなあ。ファッションタトゥーが日常的な欧米(おそらくそれ以外の地域も)では入れ墨に対する感覚がかなり違うんだけど。ゆ〜ん。これはなかなか微妙な問題であるよ。なんでダメなのか説明するのも難しい。ゆ〜ん。

その五:車と電車の距離
これまた、北米系の人、特にアメリカ人老夫妻などのみへの危惧。日本は車文化ではなくて電車文化だってとは説明しといた方が無難。隣の家にさえ車で行くような人たちである。公共交通機関は貧乏人のものとかいう意識も少しあったりして、車が出ないと「ケチってるのかしら」なんて思われてしまうかも。日本の旅行の基本は電車+徒歩。普通に生活していても歩行距離が普段の数倍になることは覚悟しておいてもらう必要あり。ピヨコでさえ、日本に帰ると歩き疲れる。歩き易い靴がおすすめ。そして、駅の中での階段の昇り降りは侮るなかれ。いや、日本のお年寄りはすごいよ! あの階段の昇り降り、恐ろしく長い乗り換え通路などを歩き切っているのだから。乗り換え時間を甘く見るなかれってのも、初心者トラベラー(特に年輩の方々)には必ず言っておく必要あり。まあ、これは日本人の観光でも一緒かな。ピヨ。

その六:おまかせとチョイスの距離
これまた北米の話になるが、こっちの人はチョイス慣れしている。サンドイッチの中身まで「トマト、レタス、オニオン、ハムはこっちの種類、チーズはゴーダ、マヨネーズは少しだけ、塩なしで胡椒少し」とかいちいち面倒臭い。お金を払っているんだから、自分の好きなようにさせてもらうというチョイス派。ピヨコはこれが苦手で、一番美味しい具の組み合わせでボンと出された方が嬉しい。「出されたものを出した人を信用して、ともかく黙って頂く」というおまかせスタイルってとっても日本的だったのピ。言わずもがなでなんとなく了解しあっている日本文化ならではなのか。チョイス好きの北米人は日本でちょっとムっとし、不安に思うでしょう。ただし、日本の食のレベルはとても高いので、その点ではピヨコは大船に乗った心地。ピー。必ずやチョイス派だったあの人が「おまかせもいいなあ」とちらっと思いながら帰って行くに違いない。しかもチップないしね、日本。生産者と消費者の恐るべき信頼関係。クオリティーの高さ。この文化、ぜひ良い意味で継続していただきたい。ちょっと前に使い回し事件などというこうした日本文化の根幹を揺るがす事件が起こったが、あんなのは言語道断。嘴でつついてやるぞ、えいえい。

...と、やたら細かいピヨコトラベルの憂いの種は今日も尽きぬらしい。
でもしかし、ピヨコは奮い立つ。そして心に誓うのだ。「カンドー日本!」必ずや、日本人外国人双方が感動の涙に包まれる出会いを演出してみせます、と。国際化ってのはいろいろと面倒臭いが、自分を振返るよい機会でもあるのだから。それにしても、どーして畳の上はスリッパはいけないんだかな...そもそもスリッパっていつ日本に登場したんだろう...、などと。ピヨコは和毛を逆立て、日夜調査研究を続けるのであった。...あらあらまあ。コーヒーでも入れましょうか、ヒヨコさん。そんなに熱くなってないで、ちょっと一服したら?