家族八景:自分を知らない私たち

昨日は氷雨。暗い空。どよーん。嘆息。
わー春だ! と喜ばせておいて、また冬に逆戻り。もう何度目だ、このフェイント。嘆息。
この天気の悪さ、圧倒的な湿り気、晴天の日の極楽かと思う程の美と雨天の日の殺風景のあまりにも激しいギャップ。目に映る鉛雲、肌に感じる雨、足下から上って来る冷気。これがみんな心の風景に連動するのだからたまらない。外にあるものは、中にも入り込む。皮膚で囲まれたところまでが自分だよ、あっちは外でこっちが中と、必死に境界線を引いてもどうやっても、氷雨は四方八方からじゅんじゅんと染み込み、そして心を重く冷たく濡らす。長い冬に精神を病む人が多いV市。水分は過多、日照は不足。精神科医にかかると日光と同じ波長のランプを貸してくれたりするってさ。人も花も同じだねえ。こんなところは。

さて、外があまりに陰鬱なので、書物に逃避。筒井康隆家族八景』を読む。これも晴天の書じゃないなあ、暗い、でもシャープ。人の心の中を見ることのできる「ESPお手伝いさん」の七瀬という美少女キャラクラーを発明したとこだけで既に筒井康隆は天才だな、などと脱帽しつつ、瞬く間に読了。コレまさに「ESP版・家政婦は見た」なんだけど、(英訳版のタイトルは "What the Maid Saw: Eight Psychic Tales" と言うらしい)何しろこの超能力メイドが見るのは表面の出来事だけではなくて心の中、しかも当の本人さえ気づいていない「超自我」とやらとまで見えてしまうのだから凄まじい。

家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

心って面白い。心って怖い。七瀬の場合は相手の心を読む特殊能力を持っているのだけど、他人はもとより自分の心すらよく分からないのがフツーの人の常。なんとなく自分はこうだ、こう思ってる感じてるなんてぼんやりと意識はできても、超自我だの無意識だのとなると、全くの暗闇。自分が何者なのか、自分の欲望や恐れは何なのか、自分でもよくわかんないのだ。何十年も自分というものをひっさげて毎日毎日を生きているというのに、それでも自分というものがよく分からないというのは、不思議でもあり、面白くもある。

なんて思いつつ次にパラパラと読み始めたのが、安保徹著『こうすれば病気は治る−心とからだの免疫学』。この本には白血球やリンパ球がどうやって増えたり減ったりしてるかとか、交感神経と副交感神経がどのようにして人間の体を司っているかなどが書いてあり、それが乱れた時の病理、そうした基本的な人体の機能を整える方法などが載っている。これまた、全て人の体内で起こっていることで、私もあなたも生まれてから死ぬまでこういうシステムのお世話になっているのだが、「白血球ちゃん、今日の機嫌はいかが?」なんて話しかけたりすることはまずないし、「副交感神経、いつもごくろうさん」なんて心にかけることもまず日常にはほとんどない。痛いとか暑いとか、お腹減っただとか、太ってる痩せてる、美人不美人、なんとなくダルいとか爽快だとか、感覚で感じられることが自分の体の知識の中心で、またしても何十年も自分を引っさげて日々生きているというのに、自分の体の中で何が起きているのかほとんど知らないわけで、何でもかんでもやたらに知りたがる人間にしては灯台下暗し、オレたちのことも少しは考えろよ、という血中の白血球の呟きが突然内側から聞こえて来た。ような気がした。白血球とリンパを知る。はは、自分探しの究極か、コレ。

新キャラとして相手の「体」が読めるESPお手伝いさんってのどうかな。「あら、この人、白血球が20%減ってるわ」とか「あ、血糖値が上がってる」とか「副交感神経が全然機能してない。これはきっと...」とか「結石3つ」とか読んじゃうの。うーん、七瀬みたいな詩情がないな、体専門のESP。なんて妄想はSFの世界だけでやっててねと思うだろうけど、そう言えば現実でもそんな出来事に出くわしたことがあったのを思い出した。高校生の頃、ある日ウチに修験者がやってきたのだ。確か一年に一度、御嶽山から降りて来て、遠く行脚の末に、ウチのご近所にもやってきて各家庭を回って拝むんだったような。その修験者のおじさんが「カラダESP」だった。相手の手を握るだけで、体調を言い当てちゃうの。その他にも「今年は水難に注意」なんてのも出たけどね。私はそのおじさんの霊力によってホッカイロを背負っていることを見抜かれ、「若いもんがカイロなんてしょってちゃダメだ」とかやたら叱られたのを覚えてる。「朝何時に起きるんだ?」と聞かれ「あ、えーっと、8時、いや9時くらいかな...」と言ったら、またものすごく叱られた。なんでもそのおじさんは毎朝3時起きで水垢離。一日に3時間くらいしか寝なくて平気だと言ってたような...。65歳くらいはいってたと思うけど、確かに元気そうなおじさんだった。(そのおじさんの祈祷により? 大学に無事合格。したらしい。祝詞の中でおじさんは私の受験番号を神様にお願いしてくれたんだもの。いやすごかった。感謝。おじさんは祝詞の途中で天の岩戸も手で開けたり閉めたりしてました。ジェスチャー付きで)

あのおじさんの仙境を目指しつつ、七瀬キャラの危険な透明度に憧れつつ、なぜか雨の日に免疫と自律神経の研究。結構はまりそう。