解剖台の上の寿司とアリアの出会い

言ってみるもんだ。バンクーバーの寿司屋は...なんてつらつら書いていたら、4月1日だから「オペラ寿司」でごちそうしてあげようという奇特な知人からのお誘い。え、ホントに行くの? 怖さと期待が半分半分で心拍数が上がる。さて、オペラ寿司。まず入口の横のガラスに韓国語、日本語、中国語で書いてある宣伝文句が目に飛び込む。「ダイエット寿司」「...美肌...」「健康寿司」...。しかもその文字の上には何かよく分からない黄色の顔が歌を歌っているの図(ロゴ)。これがどう見てもオペラ歌手には見えない。大黒系もしくはムンクの叫び系の歪み、デフォルメ。そして、るんっ、って感じでオペラのOの字のとこに旗がついて音符になり、Aの中の棒線が星に置き換わっている。このコンセプトがあるようでないような中途半端なこだわりが、益々好奇心をかきたてるではないか。

さて、内部。まず目に飛び込んで来るのは壁ぐるりに並べられた名盤オペラのレコードジャケット。更にはオペラポスター。「マダムバタフライ」のポスターを背に座る。予想はしていたが、寿司やでオペラ。かなりツーンとくるものがある。更に、見上げる位置にあるのは小さな食堂なんかによくあるテレビ...、と思って安心していたら、よく見ると映ってるのはニュースでもホッケーでもない。ぎょぎょっ。オペラである。イタリアオペラの一場面。オテロかなんかかな迫力のある髭歌手が熱唱中。当然BGMはオペラ。と、そこまではなかなか面白いコンセプトなのであるが、テーブル、椅子およびその他の内装はオペラとは全く何の関係もない、ジェネリック薬品ならぬジェネリック家具、ジェネリック内装で、どっちかというと前に簡易の中華料理屋か簡易のギロス屋かなんかだったのをそのまま居抜きで使ってるのかなという緩さ。この謎の空間に平然と座っているのは結構努力がいる。

ココ、メニューがユニーク。ダイエット+美肌+健康と謳っているだけのことはある。しゃりの代わりにブラックライスを使ったブラック寿司が名物とや。オメガ3、オメガ6の豊富なフラクシー寿司なんてのもある。どうやら経営者は韓国系らしい。そしてやはりきたか「オペラロール」。オペラロールは「アイーダロール」「トスカロール」「ミスサイゴンロール」「カルメンロール」の4種。「ミスサイゴンってオペラか〜」などと言いつつ大胆にもエビ入り「ミスサイゴンロール」のブラックバージョン&ダイナマイトロール(エビ天が巻いてあるロール)のブラックバージョン、そしてカリフォルニアロールのフラクシー版を注文。いやはや、すごかった。黒いのよ、御飯部分。黒というよりは濃い紫色が、どこかで見たことのあるようなないような、あの「古代米」というものを想像させた。古代寿司の風味か、これは。韓国ではこういう雑穀類がヘルシー志向で人気なのかもしれないな、などと唸りつつ。粘り気がここまでないものをよく巻いた! しかしコレを寿司と呼んでいいのか。黒光りしてますよ、ピカピカ。現代人の私の胃袋はこの縄文時代古代米を無事消化できるのだろうか。歯応えが。ん、硬い。うーん。でも、あれ、まあ意外と普通かも。なーんて目を白黒させてるところに、更に追い打ちをかけるオペラBGM。寿司屋で琴尺八などを流されても困るが、人間の五感というものはどこかで結びついて相乗機能を果たすものと思われ、醤油の上にアリアが絡み付きなんだか寿司を食べているような気がしない。これはほとんどロートレアモンの「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の出会い」だな。そういえば随分前にオランダで「ものすごい騒音の中で食事をするアート」とかいうのを体験したことがあったが、(要するに、ものすごい騒音の中で皆で夕食を食べるという参加型アートで、味がぜんぜん分かんなかった記憶が...)、あれにも匹敵するインパクト。オペラを聞きながら食べる黒い寿司。なんてことは全然考えていないのやら、それともちょっとは狙ってるのやら、とっても緩い感じのマダムが店番をしておられる。マダムは美肌である。この人がオペラ狂なのであろうか。それとも厨房からちらちら見えるご主人の方なのか。もうちょっと分かり易く、オペラ衣装など着て黒寿司を運んで来て頂けたら最高なのだが、傍目からはちっとも気づかれないくらい上手にこのご夫婦はオペラ狂であるということを隠してフツウの店番の人を装っている。なのに一面のレコジャケ。オペラTV。そのギャップがまたしてもロートレアモン

と、この辺りでやめとけばよかったのだが、シュールレアリストのハートは更なる冒険を求め、最後に「ストロベリーロール」を注文してしまった。フルーツロールはバンクーバーの他の店でも見かけたことがあったのでそれ程驚きもしなかったが、もちろん注文するのは初めて。真っ赤な苺が半円を描き、その外にシャリの白い四角。そして苺に沿って海苔。シャリの外側にはどうやらココアパウダーが散らしてある。そして苺の横のこの茶色いツブツブは? 食べるまで、いや食べてもしばらくは分からなかったこの謎の物体。解体作業の末に確認したところによると、それはあずきではなくチョコチップであった。醤油をつけるべきか、つけないべきかやや躊躇。思い切って一口で頬張る。ロートレアモンが、シルクハットに燕尾服の形で、ステッキ片手にコケるのが見えた。シュールレアリズムを超える超超レアリズムの味が口の中に広がり、しばらく私は言語を失った。

食はアートなり。少年よ大志を抱け。何事も冒険なりや。春の午後。
(嘘じゃないよ。嘘じゃないってば。と言えば言うほどオオカミ少年な4月1日)