V図書館読み切り計画:001『卵の緒』

本を選ぶというのは、レストランで料理を選ぶのに似てるよな、と本棚を目の前にして思った。

今日読みたい本が、明日読みたいと感じるとは限らない。本日の体調、頭の中の健康状態、時間帯や天候やさっき食べたもの、これから会う人、ストレスの度合い、バッグの大きさと本のサイズの比などありとあらゆるファクターが絡み合って、その一冊に手が伸びる。これが書店だったら、財布の中身と本の値段のつりあいも加わっちゃうので、その一冊との出会いは、もう限りなく奇跡に近い。

じっと目を閉じて、どんな味が食べたいのか、まずは瞑想。
...といきたいのだが、図書館の本棚の前に無意味に立ち尽くし、じっと瞑想している女の図はかなり不気味なので、大抵私は「かたっぱしから背表紙を目でスキャン方式」でココロんとこに小さく細くささくれ立った透明な「嗜好毛」にヒョっとひっかかるものが見つかるまで、書棚の間を繰り返し回遊する。

ところが、今回、思わぬ障害が私の前に立ちふさがった。

ベビーカーに生まれたてほやほやの赤ちゃんを乗せた、若いお母さんが右手の「書径(しょみち)」(書棚の間と間の部分。なんと呼ぶのか正式の呼称を知らないので、勝手に命名)に立ちはだかっている。...とこのことから、バンクーバー図書館の書径は、高級ベビーカー一台が十分に入り込める広さがあるということが分かるが、それにしても、書径というのは日本全国、あるいは世界的に基準の幅みたいなものが決められているのだろうか、その規則を守ってない図書館は、ある日カフカ的な警官あるいは「ユニバーサル・ライブラリー・アセスメント機構 =ULAF」とか書いてある怪しげな名刺を手にした検査官が突然やってきて、黄色と黒のだんだらテープを張り巡らして書径を閉鎖しちゃったりするのだろうか、とかそんなまたくだらないことを考えながら、そうか、ベビーカーって図書館にそのまま乗り込みOKなのか、なんてそんな下世話なこともフと頭を過りつつ、ベビーカーのところまでの書径をS字逆S字を描きながら往来し、それに加えて縦方向の屈伸運動+首の45度傾げなどの技法を駆使して、可能な限り本をスキャンした。

こんなことを書くと、赤ん坊のいるお母さんを毛嫌いしてるんでしょ、とか誤解されそうだが、そんなことはない。偉いなこのお母さん、生みたて子供を連れて、子育てだって大変だろうに、しかも外国で、ついつい引きこもりなんかになりがちな境遇だろうに、それにも何にもめげず、図書館までタッタカターとベビーカーで飛んで来て、子育ての合間に本を読もうなんていうその心掛けがもう偉い。私にはとっても真似できない。とそういう尊敬の気持ちが私にはあったのだ。

このままダラダラとスキャンS字を反復していると、「あ、私が邪魔なのかしら」と若い母に気を使わせてしまいそうだったので、私は丁度ベビーカーがブロックしてるぎりぎりの「さ行」(著者五十音順に並んでいる)にあったこの本をささっと手に取り、その場を離れた。

なんだろう、若い母と生まれたて子供という、それだけで幸せなオーラが、この本を選ばせたのかもしれない。

これ以上シンプルに出来ませんというくらいシンプルな装丁。子供が書いたみたいなヘタウマ風の表紙。なにやら丸みを帯び、つるんとした題名。これはきっと何かぽわわんとした平和な世界に違いない、と「シコウモウ」がうなづいた。

さて、前置きが長くなったが、栄えある一冊目はこれ。
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(ちなみに図書登録日:JUN 13, 2005だって)

学校の先生兼作家・瀬尾まいこのデビュー作だそうだ。
読めないような漢字や、わけのわからない言い回しが一つもない。
これだけ平易な小説というのも珍しいかもしれない。
ちょっと拍子抜けするくらい、表面はシンプルだ。
難しい言い回しで簡単なことを言うのも文学だが、簡単な言い回しで難しいことを描く文学も貴重だ、そんなことを考える。

simplicity

そう、最近、simplicityということが、気になる。
シンプルな方が強いのだろうか。シンプルなものは消えないのだろうか。ほっておくと、なんだかごちゃごちゃといろんなことがまとわりついてきて、頭の中も同時に四方八方で計算を始めるような具合で、複雑度がだんだんと高まってしまうことが多いのだが、ここんとこシンプルなものが恋しい。シンプル。引き算の美学。自分でもそんな風に生きて、そんなものを作りたいと思うが、シンプルというのは外側から見て感じる「たんじゅーん!」な印象とはうらはらに、そこに到達するのはこの上なく難しかったりもする。
禅問答ですね、ちょっと。

その境地、シンプル宇宙をさらりと書いてのけたこの著者、なかなか面白い。

あの母とベビーカーのほかほか子供に感謝しつつ、シンプルに、普通の日の感じで、読了。

それにしても、この文章ぜんぜんシンプルじゃないなぁ。精進。精進。