V図書館読み切り計画:000

この図書館にある本を、全部読んでみたい...。

幼稚園の年長さんが、「あのねー、そつえんまでにねー、ようちえんのごほんをねー、ぜんぶ、よむの」と冬のある日思い立つ、あの感じ。
ボルヘスの『バベルの図書館』が頭をよぎる。

そう、図書館は無数の小宇宙なのだ。その小宇宙の一つくらい、制覇してみたいと、図書館の書棚の森を彷徨しながら、誰でも一度は、たぶん0.8秒くらい夢想するんじゃないだろうか。(そうでもない?)

どんなに小さな図書館でも、公立図書館の本を全部ヨム、という夢はしかし、普通簡単には実現されない。読み切ったかなと思う頃には、また新しい本が追加され、まあ一生かかっても全部読むのは無理でしょう。でも、ひょっとしたら、おばあちゃんが読んだ本がまだそのままあるような山村の公民館の図書館なら読み切れるんだろうか、本なんて誰も読まない荒れた街の、財政が思いっきり逼迫したオンボロ図書館なら読み切れるんだろうか、などとどうでもいいことが気になってしまう。誰か今までに、本当に読み切った人がいるんだろうか...。ああ、本当にくだらないことが気になる。

さて、ここは異国の地、バンクーバー。外国に住んでいると、変なことを考えるものだ。毎日、どうでもいいようなくだらないことばかり考えて生きている。今日もまた、バカバカしい考えがむくむくと持ち上がって来た。「ここなら、イケるかも...」と、私は呟いた。場所はバンクーバー公立図書館の日本語コーナー。

ちなみにバンクーバー公立図書館(本館)はダウンタウンのやや南にあって、そのちょっと変わった建築が、バンクーバーの数少ないランドマークになっている。バンクーバーは「ハリウッドノース」なんて呼ばれて、よくハリウッド映画の撮影がそこここで行われてるのだが、この図書館は、よくそうした映画にチラっと登場する。確かシュワルツネッガーの『The 6th Day』という映画にも登場してた。ストーリーも、設定も覚えてないが、SF映画なので、図書館も秘密科学研究所とか、バトルグラウンドとか、そんなもんに見立てられてたに違いない。...とまあ、バンクーバー図書館はそんな建物で、日本人や韓国人の語学留学の学生が所狭しとあちこちで勉強していて、それに混じってホームレスのおじさんが素敵な臭いを放ちつつインターネット検索をしてるような場所なのだ。

「ここなら、落とせるかも...いや、落としてみせる!」と私は敵の要塞を前にしたシュワちゃんみたいにシブくもう一度呟いた。そう、ここバンクーバー図書館の日本語コーナーなら制覇できるかも知れないと、棚になんとなくまばらに並んだ本を目でスキャンしながら、私は不遜にも思ってしまったのだ。

要するに、日本語の本の数が少ない。でも、簡単に全部読めちゃうような冊数を遥かに上回っている。海外の図書館の日本語コーナーとしては異例の充実度。この「簡単には読み切れないが、もしかしたら読み切れるかもしれない」という微妙なバランスが制覇欲をかきたてるのだ。誰が、どういう基準で選んだのか、それともなんとなく集まっちゃったものなのか、よく分からないような本が並んでいる。文庫本に接着式ビニールカバーを貼付けて補強して並べてあるのも、かなりたくさんある。

なぜ、あの著者のあの本じゃなくて、この本なの、この著者なの? 謎は深まる。

やってみるか、図書館まるごと読み切り(但し、日本語のみ)。
図書館は小宇宙だから、この本の一冊一冊を集めると、たぶんこの街が見える。
そうだ、これは、文化を、街を、この街の中の日本を、発見する試みなのだ!

外国にいると、本当にしょうもないことを思いつくもんだ。
そして、更にまずいことには、時間だけはたっぷりあるので、そのしょうもないアイディアを実行すらしてしまうのだ。

とりあえず文学系(小説・エッセイ)から攻めるぞ、と闘いを前に武者震いしながら、私は書棚から一冊目の本を手に取ったのだった...

あら、今日は13日の金曜日。こういう日に、こういうことを思いつく、ああ下らない。でもやりたい。