Who Needs Art?

333。
どうやら本日から開会式までゾロ目の333日らしい。ゾロ目だ、目出たい! 2010年バンクーバー冬季オリンピック

街中にオリンピックの飾り付けがなされ、街を行き交う人々の口から漏れる言葉は「おはよう! オリンピック」「こんにちは、オリンピック」「頂きます、オリンピック」「愛してるよ、オリンピック」などと完全にオリンピック一色で、軒を並べるお洒落なブティックも肉屋も魚屋も、メープルシロップ屋もオリンピック商戦真っ只中、というのが世界のあっち側から見たオリンピック開催権獲得都市のイメージだろうが、当事者の方は、当たらないつもりで応募したハワイ旅行の抽選が当たっちゃって、オレ英語もできないし、空港までの足代もカツカツだし、仕事休んだらリストラされそうだし、かーちゃんに逃げられそうだし、どうすんべーと逆にブルーになってる男のようなストレスに見舞われている、ように思うのは...まあ私と橋の下で寝てるホームレスのおじさん達くらいのもんか。

ともあれ、バンクーバーオリンピックのマスコット三人組はなかなかカワユイ。まず何といっても、三人の中に「サスクワッチ」つまり雪男が入ってるとこがよい。クマとかフクロウとか、そんなありきたりの動物じゃなくて雪男までが応援してんのよ、2010年。こいつがものすごくフレンドリーな笑顔で「オッス!」と手を挙げ、しかもふわふわの耳当てまでしてる。よゐこ達がこの「オレ、意外といいやつなんよ」イメージに騙され、雪山で雪男に遭遇した時に喰われないことだけを祈る。ちっこいしずくみたいなヤツがもう一人いるが、そいつはシャチとクマかなんかをミックスして作ったキャラだそうだ。こいつもきゅっと抱きしめたくなるような愛くるしさだが、シャチもクマも、本当に出会ったら抱きしめてはいけない。阿呆らしいと思うかも知れないが、メープルシロップ王国には、本物が出るんですよ、よく。

さて、あちこち、ほっくり返している。空港からの交通手段をなんとか間に合わせて作ろうと必死にほっくり返し、音加庵から見下ろせる位置にできるという選手村の建設予定地あたりも、なにやら激しくほっくり返している。オリンピックというのは、ほっくり返すものなのだねえ。眠っていた地霊が工事の騒音に眼を覚まし、おいおいそんなに急激にほっくり返すなよ、地鎮祭もしてないだろうあんたら、という声が聞こえるような気がするが、地鎮祭なんてものがこの辺にあるわけもなく、あったとしても、そんなの逐一やってる余裕もないらしく、とにかく野蛮にほっくりかえしている。

私は真面目に、地霊の報復が怖い。もともとネイティブ(先住民。インディアンとは呼ばずに、ネイティブと呼ぶのが一般的)がこの辺りには住んでいたわけで、なんというか、ものすごく地の気が荒く強い土地なのだ。地霊だの自然霊だのというものがいろいろと悪戯するなんていう系統の話が、先住民の言い伝えには満載なのに、それを無視してこんなに無闇矢鱈にほっくり返していいんですか、と私は声を大にして叫びたい。のだが、そんな意見は商業主義、博愛主義(但し地霊除く)、天下のオリンピックの前には風前の灯火なのでした。ま、なんとかなるでしょう。スポーツマンの皆さんの地霊を味方につけた活躍に期待するのみ。

さて、こんなに地霊・自然霊の威力の強い土地で、果たしてアートはありえるの? この街に降り立ったその日から、明けても暮れても取り憑かれている疑問符が、それ。

自然の霊力と直接向き合うようなネイティブ・アートは別にして、山がないから想像力で山を作り、水が濁っているから清らかな流れを音に託し、街が灰色だから、そこに心の絵筆で彩を重ねる、そんな風にして生まれる負の補完としてのアートは、自然とここまで接近してるようないわゆる「美しい街」では生まれない、というかむしろ必要ないんじゃないか。この街での優先順位は、まず自然、アイスホッケー、そして飯(人によりこの3つの順番は入れ替わる模様)。これで完結してる。アートなんつー人工的なものに頼らずとも、自然が十分に心を満たしてくれるってわけで、それをなんとなく物足りないなあと思ってしまう私は、まだきっと何かの修行が足りないのだろう。ここは、アートなんていう青臭い言葉を使わずとも、日々アートが向うから攻めて来て、生活の端々に入り込んで行くような街、アートの襲来なくしては、生きてゆけぬような殺伐とした街ではないのだ。だけど、物足りない。人間というものは、最後までそうやってあがいて、夕陽を見ずに、それを心の中でもう一度描いてみせることに執着したりするものでもあるんだろう。それに、アートを生業としている都合上、「あ、うち、アートは間にあってます、ほい」とさっくり言われてしまうと、遂にはおまんまの食い上げ、to be or not to be、アイデンティティ、まあなんでもいいけど、とにかく存在の危機に晒されてしまうのだよな。

...などと鬱々と歩を進めながら、街を彷徨っていたらこいつがドンっと顔面にぶつかった。
この看板。

(撮影日は遠く遡って2008年1月。現在はもうありません。念のため)

Who needs art?

これ、分譲マンションの宣伝なのだが、「こちら風光明媚につき、アートなんていらん」という意味である。

まさにコレ。一言でバンクーバーのアート事情を言い切ってます。

この反アートの逆風に晒されながら、ゴォーゴォーと鳴る風の中で声はもう聞こえないかもしれませんがまだ「...ぁぁ...とぉ...」などと気弱な仮面ライダーのような吐息を漏らしながら送る毎日です。煩悩消えず。