これぞアメリカン・ムービー!

映画はやたらによく見るのだけれど、腹の底から「すげえ」と言ったきり、開いた口の塞がらないような映画にはなかなか遭遇しない。ちょっと前に映画館で観た『Collapse』の監督Chris Smithが1999年に発表したこの映画、すげえ。

American Movie [VHS]

American Movie [VHS]

一応体裁はドキュメンタリーで、たぶん、本当にドキュメンタリーなのだと思う。アメリカ中西部ミルウォーキーに住むにーちゃんが映画作りを企て、まず製作するはずだった『Northwestern』は資金不足で挫折、その前に中途半端に撮ってあったホラー映画『Coven』に再度取りかかり遂に完成という、まあそういう話なのだけれど、このにーちゃんMark Borchardtのキャラがまずすごいし(彼は実際に存在する映像作家本人)、その家族(たぶん本当の家族なんだと思うけど)のリアリティーと変さ加減なんてすごいとか面白いとか通過して、思わず頭が下がる。息子の一人が映画病に取り憑かれたために翻弄される普通の街の普通の人たちの気怠さと輝き。スイートでビター。夢と諦め。題名のAmerican Movieからも想像されるように、これは偉大なるアメリカン・ドリームの映画なのだ。

ミルウォーキーには何度も行ったことがあるので、この映画のミルウォーキー度の高さにも脱帽。ここまでローカル味をそのまま捕まえた映画も珍しい。こんなやつら普通にその辺にいないだろ、キャスティングでしょ〜と疑いたくなるけれど、いや、アメリカ中西部の田舎町には本当に生息しているのだ、このように濃厚かつ善良ではちゃめちゃな人たちが。アメリカ人がこの映画を観た時にどんな感じなのかな、と想像してみる。日本に例えて言うと、Nとかあるいはもっと北の東北あたりの小さな街で、やたら地元色の強いにーちゃんらが、わけのわからぬ夢に取り憑かれ、映画熱に浮かされてじいちゃんばあちゃんご近所さんなんかも巻き込んで、数々の挫折と困難を乗り越えながらホラー映画を遂に完成させる、とか、そんな感じか。アメリカ人が観ても、たぶん、ひゃぁ、これ、すげえ。と絶句するような、アメリカの奥座敷アメリカの臍の裏、アメリカの隠れたツボがつつかれている感じに違いない。これってアメリカ? そう、まさに。先日『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を観てアメリカだなあ、と思ったのだけれど、こっちのアメリカはもっと荒削りでダサくて濃くて、でも噛めば噛む程味が出る。

この映画の優れているところは、やたら笑えるのだけれど、とても悲しくもあり、でもやっぱりそこに最後まで夢がぽかんと浮かんでいることだ。日常のざらざらとした感触と痛みが、端々に見え隠れするのだけれど、それでも映画夢に取り憑かれたにーちゃんは、走る、走る。転んでも、倒れても、また起き上がって夢を追いかける。何が夢だったのか、忘れてすら、そっちの方に向って、ゆく、ゆく。ああ、人生って、こんな感じかも、なんて最後には思わせられたりして。すげえ。

ちなみに映画の中で製作しているホラー映画『Coven』は、実際に作られた映画で、今でもビデオで入手可能。これまたすげえホラーらしい。