自由を蒐集する

今日は火曜日ラララ映画の日。丸焼きのチキンを胃に収めるやいなや、急いで映画館へ。本日の映画はマイケル・ムーアの新作『Capitalism: A love story』。お隣A国でのキャピタリズムの破綻を抉ったドキュメンタリー。それにしてもA国は深く病んでいるなあ。建て直せるのだろうか。キャピタリズムではなくて、デモクラシーの原点に戻らなければ、と映画は連呼するのだけれど。

さて、家に帰り、フとテレビを付けると、なにやら面白そうなドキュメンタリーをやっていて、釘付けになってしまった。NY在住の現代美術コレクター夫妻を追ったもの。この希代のコレクター夫婦、Dorothy & Herbert Vogel は4000点以上にも及ぶ現代美術作品のコレクションを成し遂げているのだけれど、別に資産家でもなんでもない。妻は図書館の書司、夫は郵便局の局員。この二人は結婚して間もなくアートコレクションに目覚め、妻の収入を生活費に当て、夫の収入は全てアート・コレクションに費やして来たんだそうだ。

コレクションの条件は、コンテンポラリーアートで、気に入ったもので、彼らのアパートに入る大きさのもの。名もない若手アーティストのアトリエに通い詰め、NYの全てのギャラリーや美術館に足繁く通ってお宝(その当時は買い手が誰もいなかったらしいけど)を手に入れ続けたのだそうだ。コレクションの中にはクリスト&ジャンヌ=クロードの作品とか、アンディ・ウォーホール、ドナルド・ジャッド等、今では$$$$$の値打ちがついている作品も少なくない。

とっても不思議でとっても可愛いカップルなのだけれど、彼らは決してお金のためにコレクションをしないというところが感動的。一度買った作品は決して売らないのだそう。NYのかなり小さめのアパートに亀や魚の水槽と、2匹の猫と住んでいるのだが、一時はどんどん増えてゆくアートがアパートに溢れ、ソファーを置くスペースもない状態だったらしい。今ではその多くをワシントンDCのNational Gallery of Artに寄贈して、ようやくソファーが置けるようになったらしい。

アートを本当に愛しているんだなあ、というのが、彼らの不思議な行動の隅々から伺えて、その純粋な欲望? には思わず頭が下がる。アーティストのアトリエに行くと、とにかくそこにある作品の全てを見尽くすのだそうだ。アーティスト曰く「彼らはものすごく貪欲」。夫のHerbert氏のコメントなんてその辺のギャラリーのキュレーターも真っ青の単刀直入。「この作品はまだ完成してないんです。ここのところを更に塗りますから...」などという若いアーティストに一言「このままでいい! このままの方がいいよ!」。でもコメントのほとんどはとってもポジティブ。「ああ、この作品、すごくいいね」「素晴しい!」なんていう感嘆の言葉が彼らの口からぽろぽろと漏れる。一度気に入るととにかくマメにアーティストのアトリエに通って、あんなのが欲しいこんなのが欲しいなどと言うので、この夫婦との関係から自分の作品世界がいろいろと展開していった、なんていうアーティストもいて。

欲得抜きで、自分の収入の全てをアートに費やせるか。なかなかできないことだよ。フツーの夫婦が一生かけて作ったコレクション。誰にでもできそうで、やった人はほどんどいない偉業である。ありとあらゆる現代美術に囲まれて、なんだかやたら幸福そうなの、この二人。彼らは、精神の自由を買っていたのかも知れないな。アートは、特にコンテンポラリーアートは、自由と繋がっているから。繋がっていないのならば、単なる塵屑になっちゃう、そんなアートでもあるのだから。