銀色のU

朝から、たぶん昨夜から、雨がしとしと降っている。秋の終わりくらいの雰囲気。秋から冬にかけてはヤんなっちゃうくらい雨の日が多くなるV市なので、夏くらい雨はナシにして欲しいのに。猛暑の中でぐったりしたり生き返ったりしながら成長を続けて来たベランダの植物はピタっと静止しちゃったみたい。小松菜だけが、なぜか雨を眺めながら急速に成長中。植物も「寒い」とか「冷たい」とか「今日はジメジメしてるな」とか感じるんだろうか。きっと感じるんだろうけれども、それは動物の「さむっ」とどう違うんだろうか。私のさむっと犬のさむっがどう違うのかも分からないので、植物のさむっが感覚と言って良いようなものなのか、それとも細胞内の数式のようなものなのか、ぜんぜんまだ分からないけれど。感覚が数式とどう違うのかだって、やっぱり分からないしな。

なんて、どうでもいいことを考えているヒマはない。本日もまた、獣との闘いが続く。布屋のおねーさんに教えてもらった裏技はすばらしいのだが、縫い代の処理にものすごく時間がかかる。今縫い合わせているフェイクファーは毛足が1.5センチくらいあるので、縫い目のところに毛が密集して、縫い目が厚ぼったくなってしまうのだが、縫い代部分の毛を布を傷めないように注意しながら刈り取ると、縫い目が目立たなくなり、手触りもとってもスムーズになるのである。この「毛刈り」の作業が、ものすごく時間がかかる。まず、本来表に出ているはずの毛の部分が縫い代側にはみ出ていないかをチェック。もしはみ出ているものがあれば、表側に少しずつ引っ張り出す。この作業を怠ると、表の毛並みが悪くなってしまう。その後、縫い代を5ミリくらいまでカットして、後はひたすら縫い代部分の毛を取り除く作業をするのだが、布地を傷めないように細心の注意が必要なので、これがかなり厄介。

幸運にも、N市の隣りにある金物の街S市で買った、素晴しくステキで高性能な糸切り鋏が私にはついている。舌切り雀のおばあさんが持ってるようなU字型のやつで、刃を合わせる度に「シャリッ」というなんとも言えぬいい音がする。今回の毛狩り作業にこの鋏が大活躍。とにかく精密にできているので、細かい作業が思いのまま。ちなみにこの鋏は江戸時代から続く刃物職人の名人が作ったもので、たまたまその甥っ子さん(その方も若手の刃物職人さん)の工房にお邪魔した時に一目惚れして買ったもの。その辺のデパートなんかには売ってないし、S駅にあるS市物産コーナーにすら売ってない。大和撫子が嫁に行く時などには、ぜひ持って行きたい逸品。しかもシンプルな銀色メタルで機能美を追求したデザインも痺れる。

と、使うだけで心が踊るような素敵な道具に助けられ、なんとか難しい作業をクリア。毛狩りの作業は、獣毛の散髪のようなノリなので、床にも、エプロンにも、ジーンズにも腕にも、そして時には目の中にも、獣毛がいっぱい。床にはヒツジの毛狩り作業の残骸みたいなのが山積みになるし、作業台の表面にはべったり一面獣毛がくっついちゃったし、ミシンは獣毛で覆われるし、白いエプロンはエプロンの形に獣毛がくっついて自分自身が獣みたいになっちゃってるし、肩は凝るし、目は寄っちゃうし、息は荒くなるし、指先は疲労するし。

と、今日も7時間くらい獣と格闘してしまった。途中、ちょこっと外に出て、メイン通りに割と最近できた癒しフード系レストランで夕食。スープとサラダを食べたのだが、これがとっても美味しかった。チキンクリームスープはクミンの香りがしてこってりと濃く、ほうれん草サラダにはカリカリのベーコンと赤タマネギスライスが乗り、リンゴの角切りが添えてあった。テラスへどうぞ、とテラス席を薦められたのだが、ちょっと寒い。でも、この肌寒い日に暖かいスープは格別美味しかったな。