ぺらぺすらす現象

数えてみた事がなかったけれど、数えてみてぎょっとした。13年。日本をスーツケース一つで離れてからもう13年目になる。ひゃああ。そのうち何年かはほとんど冬眠状態で、何をしていたのかどこにいたのかさえよく分からないような時期が混じっているのだが、その間にF犬街とV市という二つの街での生活を経験したわけだ。それにしても長いな13年。何してたんだかなあ。思い出せない。記憶が飛ぶ。

と、13年も海外に住んでいるのだから、英語はぺらぺらでしょう? とみんなに思われているが、実際にはぺらぺくらいかなあ。もともとおしゃべりであるので、調子に乗るとよく喋る。特に相手が一人で、重要なミーティングとかそういう緊張するシチュエーションでない時には。日常会話で特にものすごく不自由を感じることはないし、外国人に言わせると私の英語は「全く問題ない」レベルなんだそうだが、でもね、いつもどうも気になる何かがそこにあるんですよ。言葉を脳が一生懸命探しているけど見つからないで、何か別のもので代用しているっていうか。自分の言いたい事を必死に翻訳するんだけど、なんとなく思っていることよりも単純な表現になっちゃうとか。どうもなあ。やっぱりまだ脳は100%英語で考えているのではなくて、どっかで冷や汗流しながら必死に翻訳作業をやってるんだろうな。これが結構辛い。もう過去4-5年、私の英語レベルはこのぺらぺ状態で滞っている。

聞く方は、というと、やっぱり同じ。TVの時事ニュースでも、エンタメ番組でも、日常会話でも、ほぼ理解に支障がないくらいには頭に入って来る。すらすらのすらすくらいまでは行っていると思う。でもやっぱり時々聞き取れない言葉があったり、初対面の人の声は聞き取りにくかったりなどということがあって、日常で耳にする英語の10%くらいは分からないまま、でもまあそれで天地がひっくり返るわけではないので、薄ら笑いなんかでカバーしつつなんとなく日々を送っている。でも最近、どうもこの10%が私を不安にさせ、自信を喪失させ、んもういやああああ! と投げやりにさせ、明るい未来を黒雲で覆い、時には「英語なんて嫌イっ!」なんて叫ばせたりする元凶らしいことに気づき始めたのだ。ぺらぺ現象。そしてすらす現象。どうも最後の文字「ら」というのは時間だけが解決するものではないらしいぞ、と13年が経ったあたりで遂に気がついたんだな。いやはや長い道程。

思えば大学での英語授業以来、一度も学校で英語をきちんと習ったことがない。F犬街は母語フラマン語オランダ語)だったので、私の英語体験はまず第二外国語として英語を喋る人たちとの関係から始まった。まあ、彼らは結構なブロークンイングリッシュでもあり、語彙もネイティブに比べて少ないし、ゆっくり話すこともあり、日本では全く英会話ができなかった私も1-2年のうちには、ほぼ全て相手の言っていることが分かり、自分の言いたいことがかなり言えるようになった。そして更に数年のうちには、日常会話に全く支障のないレベルまで英語力は順調に伸びて行った。

それがV市に転地した瞬間、デカい壁が突然目の前に立ちはだかった。英語ネイティブの街に初上陸。サンドイッチ注文したら、中に入れる具の選択肢を店のにーちゃんに機関銃のように並べ立てられていきなり当惑。スピードが違う。語彙が違う。容赦してくれない。特にV市はアジア系カナダ人が多いところなんで、見た目がアジア人でもV市生まれのカナダ人ってことがあるわけで、その意味でも情け容赦なく、最初っからダダダダダっと高速連打を浴びせられ、あえなく撃沈。でもまあ、そんな中で毎日英語のTVを見て、英語で会話して、英語の文字を目に入れて、英語でメールして...なんてやってるうちに、だいぶV市の英語速度&濃度にも慣れて来た。相槌を打つのがF犬街に住んでいた時よりも格段に上手くなった(たぶん)し、英語で冗談なんかも言えるようになったし、英語で喧嘩もできるようになった。でも、それでもやっぱりぺらぺ&すらす。今ひとつ煮え切らないこの感じ。そう。壁にぶつかっていたのですよ。もうかなり長い間。英語を使っている時に、まるで道具を使っているような距離というか、透明なバリアというか、そんなものを感じるのがどうも辛い。何しろV市に住んでいる限り、世界との対話の多くの部分はこの道具を使ってやるしかないわけで、ううむ、何とか道具を使っていることを忘れちゃうくらい道具と一体化するような境地に達することはできないのだろうか、などと思いつつ、溜息。また溜息。

この壁は破壊不可能なのかな、とちょっと諦めていた。
所詮は第二外国語としての英語だものね。ネイティブが使うような具合にぺらぺ〜ら、すらす〜らできるワケがない。と、卑屈になっていたその時。

私の手元にある英語教材が届いたのだ。送り主は凄腕編集者K氏。
その冒頭数頁を読んで、おお。と声が漏れた。
まさに私が悩み続けていたことがそこに書いてあるではないか。
そして、ぺらぺからぺらぺらに至る道はありますっ、とそこには断言されている。きゃあ、すてき。思わず目頭が熱くなる。どうやら「ら」に至るためには半年から数年くらいこの教材をつかって勉強する必要があるらしいのだが、今まで目の前にどどかんと立ちはだかった壁を眺めて溜息だけついていたところに、お助けハンマーが空から降って来たのである。これを使わずして何とする。いや、もしかしたらハンマーで壁を崩すなんていう野蛮な方法ではなくて、壁を乗り越えるための筋トレなのかもしれないぞ、これ。もしくは、コツコツと毎日このメソードを実践していると、ある日「あれっ? 前にここに壁なかったっけ?」なんていう具合に壁が消滅するのかも知れぬ。

とにかくそれくらい、ワクワク高まる期待わぁぁぁーいい。
私のために書かれたような本じゃないの、これ。
と、やたらに興奮してばかりもいられないので、本日より実践。さて、どうなるかはお楽しみ。逐次報告致します。悩める日本羊に道を示してくれたK氏にまずは感謝。